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崗上虜囚の備忘録

日本よ!。私の日本への思いです。 コメントに返事を書かないこともあります。悪しからず。 コメントの投稿は日本人だけにしてください。 日本人でない場合は、国籍を書いてください。 注、google chromeで閲覧出来ませんので、filefoxかinternet explorerで閲覧してください

日本にエリートは不要

東京都の尖閣購入計画について、丹羽宇一郎中国大使が言った 『 実行された場合、日中関係に極めて深刻な危機をもたらす 』 が、問題になっているが、彼は以前にも同じようなことを言っている。

それは、彼が伊藤忠商事の役員時代、深田祐介氏に対して 『 将来は大中国圏の時代が到来します 』 と言い、深田氏が 『 すると日本の立場はどうなりますか 』 と質問したところ、『 日本は中国の属国として生きていけばいいのです 』 と答えたという。深田氏は驚愕し、『 この人は痴呆症の段階に入っているのではばいか 』 と思ったようであるが、丹羽大使の痴呆症は今に始まったことではない。彼の痴呆症は若い時からである。

以前、『中韓を知りすぎた男』のブログ主氏が、売国官僚ばかりの外務省からでは無く、現実社会にもまれた民間企業から中国大使が起用されたことを期待するような記事を書いていたが、私は彼の経歴を見て、即座に『期待できない』とコメントをした事を記憶している。

それは彼の経歴に 「学生運動家として60年安保闘争では先頭に立った」 と有ったからである。何故学生運動を行った者だから期待できないかと言うと、当時の学生運動は共産主義運動であり、それはソ連・中共が後ろから扇動して起こした運動であり、扇動された学生は、只流行を追った空っぽ頭の馬鹿だったからである。

若気の至りもあったのだろう。だがその後、共産主義国家は何れも矛盾を露呈し崩壊した。共産主義がなんで有ったか考える時間は幾らでも有った。しかし彼らから、転向した話も聞かないし、反省の言葉を聞いたこともない。当然である。彼ら思想は全て借りものである。彼らは、反省しようにも共産主義がなんで有るか分からないのに、学生運動に飛びこんだのである。恐らく現在は、別の流行に飛びついているのだろう。

彼らは、根本の事を自分の頭で考える力が無かった人間達である。丹羽宇一郎と言う人物は、そのような人間である。巷で言われている、商売のため支那に魂を売ったとか、昔の賄賂工作の証拠を握られ支那に脅かされているとかは違う筈である。それよりもっと困る 『はた迷惑な、勤勉な馬鹿』 と言った方が良いだろう。

もっとも支那のごり押しを見ながら 『 尖閣の事なんかより、私は国際協調の方を取る 』 と言った京大教授もいたので、自分の頭で考える力が無い人間は、学生運動をやった人間だけでは無さそうである。でも昔学生運動をやり、ソ連崩壊後も同じ顔で支那を信奉している人間がいれば、自分の頭で考える力が無い人間と思って間違いは無いだろう。

それにしても、高学歴の馬鹿の多いこと。日本歴史上最低総理の鳩山由紀夫が東京大学卒。最低の防大学長の五百旗頭真が京都大学。そして史上最低の大使の丹羽宇一郎が名古屋大学。何れも旧帝大出身者である。

勿論これは、少数のサンプル結果のせいかも知れない。しかし、トンデモ政治家や、一般の人が、首を傾げたくなるような発言をする知識人と称される人間も、調べると東大法学部等の高学歴だったりする。丹羽氏や五百旗頭氏のような、トンデモ人間の割合は、一般人より旧帝大等の高学歴の方が多いように見える。

何故だろうか。一つは、アーサー・C・クラークが言った 『 インテリとは自分の知能指数異常に学問を受けた人である 』 と関係しているかも知れない。つまり本人の能力以上の教育を受け、又、周りの期待が高すぎるので、欠陥が目立っているの可能性がある。しかし、それにしても、欠陥人の割合が多すぎる。

もう一つの原因が、河添恵子氏が支那・朝鮮にノーベル賞受賞者がいない理由として掲げた、学歴偏重と詰め込み教育である。つまり、支那・朝鮮の教育は丸暗記であり、若い時の詰め込み教育のおかげで、思考力が無くなったようである。日本の受験勉強もそれに近い処があるので、その可能性も高いだろう。

でもやはり原因はこの二つの両方であろう。本人の能力以上の詰め込み教育の行うことで、思考力を無くした人間を作り出し、周りも本人も、それをエリートだと錯覚して、重要なポストにつけているのが日本の現状のようである。

しかしこれは問題である。詰め込み教育も良いだろう。丸暗記も時には必要である。しかしながら、思考力の無い人間がエリートとして期待され、本人もそれを自負し、日本の舵取りを任されれているのなら大問題と言うべきである。

『 日本には、真のエリートがいない。その為には、エリートとなる人材を探し、エリート教育が必要である 』 と言う人は多い。しかし、そうであろうか。そもそも東京大学は官吏の養成所として生まれた筈である。全国の秀才を集め、エリートとしての教育を行い、国家の舵取りを任せる人材を育成する機関であった筈である。

処がどうだろう。およそ国益とかけ離れた外交を行っている外務官僚。勝手に移民を受け入れ、在日外国人の為としか考えられない人権救済法等の悪法を、やっきになって通そうとしている法務官僚。支那・朝鮮の顔色を伺いながら、教科書検定を行っている文部官僚。デフレ不況をそっちのけで、増税をやらんとする経済音痴の財務官僚。是がエリート教育の成果である。

何の事はない。エリート養成どころか、無能、売国と、支那の科挙制度の結果と同じになっているではないか。

東京大学と同様に、軍人のエリート養成所である陸軍大学も失敗だったと言われる。モルトケの高弟メッケルを陸大教官に招請したが、メッケルの眼鏡にかなったのは聴講生であった陸大校長の児玉源太郎だけで有ったという。その後の陸大の成果と言えば、大東亜戦争での参謀達による無謀な作戦の数々で明らかである。

日本はエリート養成に失敗している。従って、これからもエリート養成は失敗するだろう。そこで、認識しなければいけない事は、現在も将来も日本にはエリートは、いないと言う事である。かと言って、日本はエリートの養成をしないから、教育を疎かにして良い事にはならない。教育の重要性は変わることは無い。

では、エリート教育を不要とするなら、何を教育し、どのような人間を作り出すべきなのか。それは高度の専門知識の教育と、専門家の養成、つまりプロの養成である。またはオタクの養成と言ってもよいだろう。これから必要なのはオタクなのである。

国であれ民間であれ、高度の知識を必要とする仕事は山のようにある。その中で決断しなければ事も同様にある。しかし、決断する人間には必ずしも高度の知識が必要な訳ではない。決断する人間に必要なのは、勇気や胆力であり、欲を言えば情感のようなバランス感覚であろう。勿論、自分で考える頭がなくてはならないのは言うまでもない。

当然、そのような人間は、エリートとは呼ばない。むしろ、勇気や胆力を尊ぶ社会や精神文化が背景になければならないだろう。はっきり言えば、これから必要なのは武士道精神の復活である。

そう考えれば、後足りないのは、高度の専門的知識を有する人間となる。高度の専門的知識さえあれば専門馬鹿でも良いだろう。原発事故の保安院の対応を見れば、あの渡り鳥と呼ばれるキャリア官僚が、如何に無能だったのか分かった筈である。しかも彼らは、専門的知識を有しないのに、責任とは無縁なのである。

国民がエリートと錯覚しているキャリア官僚の多くの専門は、法学である。確かに法治国家なので、法律の専門家は必要であろう。しかし現在のように、それほど法学出身者が必要では無い筈である。どうせ決断も下せず、責任も要求されない人間を配置するなら、専門知識を有する人間を配置した方が遥かに有用な筈である。

それは、誰かが決断を下し責任を取るにしろ、多くの専門家の多角的な意見を聞いた方が、結論を出すのに間違いも少なくなるからである。それは、それこそ日本古来からの集団合議制が発展したものである。

日本にはエリートはいない。また不要である。必要なのはオタクであり、武士道精神が復活した社会である。

 

武士の覚悟
 

あとがき:
ウィキペディアには、エリートとは 『 社会に役立てることを期待されて、選抜と訓練とを受けた存在 』 とある。残念ながら、そのような養成機関は日本には無い。専門分野以外は、一億総無教育と思うべきである。

そうなれば、当然上に立つ人間の人選は、ちゃんと自分の頭で考えることが出来て、責任を取る覚悟がある人間を選ぶ事になるだろう。

そのような人間と、専門知識を有する人間がいて、初めて組織が機能するのである。


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コメント

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エリートの不在

>虜囚様
 「中韓を知り過ぎた男」に、蝗論拝借しました、スミマセン。

 続いてエリート論ですか。
 私も日本のエリート教育は失敗だらけだと思います。 特に、戦後は酷い、其れが証拠に、戦後の官僚~政治家でマトモに評価できる人物が居ません。 まぁ、戦前も評価できる政治家って、みんなエリート出身じゃない。

 例えば、広田弘毅ですが、彼は、名門の出自ではありませんが、その経歴は十分エリートと呼ぶに相応しいモノです。

 吉田茂と同期の外交官上がりの政治家で、2・26の直後、近衛に下った組閣大命を近衛が、健康上の理由で断ると、大命は、広田に降ります。 

 その時迄彼は、親英米派で、最も中華民国に信頼されて居た日本人だった、然も、駐ソ全権大使を、満州事変を挟む昭和5年~7年の間に経験して居ますし、外務大臣の歴任数は幣原の段では無い。

 彼程、戦前世界の裏幕を熟知していなければならないダケの履歴と経験を与えられた人はいないと云って善い。

 なのに、彼の採った態度は不可解そのもので、信頼を得て居た中華民国へは難しい条件を並べ立て、蒋介石を苦境に立たせたり、ソ連へは、制限を緩めたりと、よく言えば臨機応変、判り易く言えば「腰の抜けた、芯を感じない政治姿勢」でした。

 戦後の極東裁判でA級戦犯にノミネートされていても、彼の無罪、もしくは、軽微な罪を疑う人は、国民にも、連合国側にも居なかったと云って善い。 彼は、開戦前ずっと避戦派だったし、軍部に迎合したと云っても、「軍の事は軍で決めるべき」と言うごく当たり前の事を入ったに過ぎないからです。

 処が、判決は死刑でした。

 私は、是等の状況から、彼は、連合軍から「裏幕を知り過ぎて居る男」として看做されて居た様に思います。 彼は寧ろ、「敗戦の責任を取って死ぬ」事を、天皇陛下の股肱の臣として、我身の栄誉と捉えて居た部分が有り、何の言い訳も反論もせず、絞首刑台に上がって居ます。

 然し、実は彼こそ、戦前日本に真の敵を知らしめ、英米を敵に回さないで戦い得た唯一の素質と経歴を持って居たと思うのです。

 勿論、日本を世界の孤児にし、膝下に組み敷く陰謀を巡らした勢力が確かに居た事から、彼一人で戦えたはずも有りませんし、身内に、然も上司が、その手先と謀議を巡らして居たのではドゥしようも有りませんがね。

 彼を看て居ると、戦前のエリートの限界を看る思いですね。 予定外の展開になると、目先の事しか見えなくなってしまう。 頭が悪いのでは無く、腹が据わって居ないから、先が見えなくなると、思考停止に陥り、挙句、目先に集中して終う。

 軍人の方も大本営を陸大出身の服部とか瀬島に任せた結果が、終戦工作の機会を喪わせ、逆に、ソ連に頼り手の内を見せて終ったが故に、ソ連に参戦する機会を与え、20万人の民間人を死に至らしめ、60万人もの兵士を捕虜にされて6万人の犠牲者を出して終った。

 日本のエリートって、腹が座って居ないから、手段としての悪事が出来ないのですねキット、小さな正義に拘って最終の目的を見喪って終うのでしょうが、仏教徒のメンタリティなら、仕方が無いかもしれませんが、結果、拠り多くの罪なき人が死んでゆく事になって終うのですから、其れではすみませんよね。

Re. エリートの不在、ナポレオン・ソロ様、

>「中韓を知り過ぎた男」に、蝗論拝借しました、

支那人・朝鮮人はイナゴだって、みんな言ってますよ。

>戦後の官僚~政治家でマトモに評価できる人物が居ません。 まぁ、戦前も評価できる政治家って、みんなエリート出身じゃない。

戦前の方が、エリートに該当した人はいたと思います。只、それは個々の家庭教育や別の教育によるもので、東京帝大のマスプロ教育では駄目だったと言う事でしょう。台湾経営等も、はじめの頃の軍人の経営は良かったが、文官になってからの評判は悪いようです。

江戸幕府は、ぼろぼろであったと言われますが、川路聖謨とか山岡鉄舟とか、小栗忠順なんてのが、結構ごろごろいたようなので、エリート教育なんかより、子供のときからの教育環境の方が重要なのでしょう。

現在のキャリア官僚の生産拠点の東大法学部なんか、思い切って予算カットした方が、日本の為になるんじゃないでしょうか。公務員改革を言っている政治家はいますが、何が問題で、何を改革しようとしているのでしょうかね。

無題

ねずさんとこのブログに丹羽大使のことが書かれてまして、ねずさんは支那の毒気に当てられたんだ、、みたいな書き方です。
本来、彼は高潔で伊藤忠の頃の通勤は電車だった、、。

そうなのかとも・・・思いましたが、やはり、根本的に狂った人なんだと思います。
中韓さんで丹羽大使のことが話題となった時の私の反論は、彼が民主党の管、、あるいは鳩山の推薦だったという時点で疑いを持ちました。だから信じられないと、、。


しかし、民主党の人事にはろくな結果がありません。

ごりおしの日銀総裁もそうです、、。

もう、あきれ果てて、、、あきれ果てて、、、、、あきれ果てて、、、、^^。ゴメンナサイ、、永遠にこのフレーズを書きそうです。

「オタク」とイメージ低下を計ったのがマスゴミ

はじめまして。

このエントリーを拝見して、思うことを述べます。乱文であることをご容赦ください。

日本と外国と根本的に違うのが、「個人主義」と「集団主義」の違いと思います。

そもそも、原始時代や協力することを、まだ確立していない時代は、弱肉強食です。

しかし、弱者でも生き残りたいという本能から、協力するという方法によって、強者と対峙しました。

それによって、強者もウカウカできず他の利害が一致する者と組みします。

結果、それが繰り返すことによって、組織が形成されます。

日本の場合、ある程度社会が形成されると、戦うべきは「人」より「自然環境」の方でしたから、その組織化が容易に言ったと思います。

逆に、陸続きもしくは侵略国家の場合は、人そのものが敵であり、このような組織化が容易ではないと思われます。

さて一方、集団主義を維持するのに必要なものは、リーダーと掟と思います。

現状の日本と照らし合わせると、リーダーは天皇であり、掟に関しては、順法精神というより規範意識が高いと思われます。震災後の略奪がなかったことが、海外で驚かれたのが、その証拠と思います。

言い換えると、それさえ維持できれば、弱点が有ろうが他人がカバーしてくれるので、むしろ専門家(ここでは職人あるいはオタク)が生まれやすい社会環境です。

それに対して個人主義は、強者になることが理想なのですが、冒頭に申した通り、幾ら強みがあっても、弱点があれば協力した弱者によって滅ぼされることから、如何に弱点を作らないかに力点が置かれると思われます。

従って、外国人のエリートはオールラウンダーであることが求められていると思います。

それが、外国の政治家と日本の政治家を比較した時の、日本の弱点と受け止められる要因と思います。

また、日本は大東亜戦争の影響によって、マスゴミが完全に日本の物ではなくなったために、国民に議員を選ぶ基準である、国益に関する情報を意図的に流しませんでした。

1980年後半、1990年初頭から、さらに日本人を分断するための男女離反耕作も盛んになりました。今のテレビのオカマの多用もその流れと思われます。

その最中に流布されたのが「オタク」というフレーズです。これは第二次ベビーブームの人がちょうど思春期に相当し、それに対して職人肌の日本男性に「オタク」とネガティブな印象を与えました。

その後の国際結婚率が、この機を栄えに増大していたと記憶しています。

同時に、日本の強みである「ものづくり」をはじめとする、職人肌の将来を貶める目的もあったと思われます。

経済面で言えば、今日20年続くデフレに悩まされていますが、このデフレ期では投資ができません。

従って、職人を使うより手っ取り早く金になる者にしかお金を使わず(効率化やリストラや集中投資などと戯言を並べて)、職人は職を失うか海外に流失します。

要するに、反日陣営は「日本人の離反工作」と「デフレ維持」が目的である可能性が、極めて高いと思います。

よって、先ずどうしてもマスゴミからの離脱が急務であり、男女離反の阻止や、デフレを脱却して行くようにするべきです。

エリートに関しては、海外のエリートと日本のそれとは、本質的に違うわけで、日本におけるエリート、即ち職人やオタクの地位向上が求められると思います。

とはいえ、鳩山は何かおかしい。

戦後の財閥解体ののち、ブリヂストンがゴムメーカー筆頭になったり(ゴムは極めて軍事転用できる素材の一つであるにもかかわらず)、アメリカに留学した経緯もありますし、フリーメイソンと噂されているし、とても不気味に感じます。

Re.杜若様

>ねずさんとこのブログに丹羽大使のことが書かれてまして、ねずさんは支那の毒気に当てられたんだ、、みたいな書き方です。

違いますよね。学生運動家と言えば、青春時代に理想を追い求めていた人間。でも、今の支那に、どんな理想を見つけたのでしょうか。

独裁国家。侵略国家。覇権主義。階級社会。公害・汚染。裕福な資本家と奴隷状態の労働者。昔彼らが糾弾した物は全て今の支那に有るじゃないですか。

それなのに、丹羽も菅も仙石も輿石も支那を糾弾する処か、支那を賞賛しているのです。彼らは居るべき所は、支那の精神病院(=死刑囚の刑務所)です。

Re.「オタク」とイメージ低下を計ったのがマスゴミ、Sura様

はじめまして。

>日本と外国と根本的に違うのが、「個人主義」と「集団主義」の違いと思います。

「集団主義」は、組織化しないと機能しませんし、又リーダがいないと組織も作れませんし、機能しません。従って、日本はも、「個人主義」でもないし、「集団主義」とも違うような気がします。強いて言えば、分業主義でしょうか。

暮れの大掃除を見れば分かるように、箒を持つ人、雑巾を持つ人と、日本人はリーダもいないのに、あっと言うまに分業してしまいます。この分業は縄文時代からなので、年期が入っています。縄文時代から始まった糸魚川の翡翠を使った勾玉や、漆工芸等は、分業社会でなければ出来ません。分業が発達したのは、縄文時代が侵略等と無縁の社会だったからでしょう。

その日本列島で弥生時代に、何故天皇が生まれたかと言えば、侵略の危機があったからと思われます。明治が列強の植民地になるかもしれない危機感から、また天皇を前面にだして統一しようとしたように、統一しなければ平和な分業社会も無くなると思ったのでしょう。

現在、侵略の危機は昔以上に大きくなっているので、国家が有る限り中心となる天皇は、絶対に必要でしょう。日本に天皇が有ることは、他国以上の強みになっている筈です。このことは、敵も良く知っており、天皇を無くそうと必死です。

分業はドイツのように、歴史が継続している国程、発達しています。シナ・朝鮮のように歴史が継続していない国、又はアメリカのように歴史の浅い国は、リーダが取り仕切らないと誰も働こうとしません。リーダが一々、仕事を切り分け、分業を指図するのです。その極端な結果が、黄文雄氏が言った『シナ人程、奴隷になりたがる人間はいない』のような話です。

その分業の内の先鋭的なのが、現代のオタクと呼ばれる人なのでしょう。江戸時代でも奇人と呼ばれるぐらいになると、何をやってもお咎めなしで、周囲も何かを期待していたようです。

今やオタクは国際語。オタクは世界中に人に期待されています。オタクがネガティブの意味を持たせた造語で有っても、日本人にかかると皆ポジティブになってしまいます。日本鬼子もアイドルに、とか。逆に支那人・朝鮮人の単語は、彼ら自身が嫌って禁止用語になりそうです。

でもオタク万歳です。

>とはいえ、鳩山は何かおかしい。

それは、支那・朝鮮思考だからです。菅も仙石も民主党全員、支那・朝鮮思考の人間です。支那・朝鮮思考は、主人と奴隷の存在しか認めていません。いい例が、高校無償化です。彼らの低学歴蔑視の思考が窺われてます。彼らの頭は中卒など人間として認めていないのでしょう。奴隷にしてやるから高校に入れてやるが、高校無償化の意味でしょう。中卒の、立派な職人さんが一杯いるのにね。

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