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朱に交われば赤くなる
『・・次に良い友達と交わる事です。むやみに分けへだてすのるは勿論よくありませんが、為にならないような事を話す人とはなるべく遠ざかり、自分の手本になるような人と遊ぶことです。』

これは戦争末期、紫電改を駆って大活躍した海軍343空の戦闘701飛行隊長、鴛淵孝大尉が年の離れた妹に出した手紙の一節である。

鴛淵大尉は海軍兵学校を主席で卒業し、兵からも慕われ戦上手と指揮官との能力が抜群であったため、次の海軍を背負って立つ人間として海軍省も期待していたが、惜しくも豊後水道付近で散華した。

この鴛淵大尉の手紙に書いてあることは当たり前のことであるが、現在の日本人には中々言えない事である。若し、いじめで自殺した大津市の中学の男子生がこの手紙読んでいれば、自殺を防げたかも知れない。


  

どうも現在の日本は、朱に交われば赤くなる諺も死後になってしまっているようである。しかしその諺も鴛淵大尉の言葉も、もう一度思い出す必要があるだろう。

そしてそれは、国同士の関係も同じである。品格の無い国と関係を深くすれば、何れそれに染まり、自国も品格が無くなる。国民も品格が無くなる。

そう考えれば、世界に嘘をばら撒いて日本を貶める南北朝鮮とは国交を断絶すべきである。残虐で強欲な国家支那とは疎遠な関係とするしかない。損得勘定の為に嘘に諂う国家に明日は無い。


私は在日は本国に帰すべきだと思っているが、それでも友を選ぶなら反日サヨクの日本人より
在日朝鮮人の戯言」氏のような人選びたい。

「在日朝鮮人の戯言」のブログは「韓流研究室」のブログで教わりました。
http://blog.livedoor.jp/whokilledxxxxx/
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【2012/09/01 16:40 】 | 国家とは | 有り難いご意見(4)
国家の理想形態は鎖国

国家の理想形態は鎖国である。自立している事が国家の条件であれば、必然的に鎖国が国家理想の形態となる。他国の干渉を避け、利害関係が一致した集団だけで、自分達の理想を追うのが国家を形成した理由なので、何処の国も、他国の影響力を受けないように、自己完結を目指している筈である。

とは言え、何事も理想と現実には隔たりがある。ヴェネツィア共和国のように、国土の大半が湿地帯に有り、自給自足が出来なければ、商業国家として貿易を生業にして生きていくしかなかった。もっとも、ヴェネツィア共和国の国土の大半が湿地帯と言うのも、他国に侵略を避けるため、その地を選んだのであるから、他国の影響力を受けやすい商業国家になったのは、止む得ない選択で有ったかもしれない。それでもヴェネツィア共和国は商業国家として成功し、ナポレオンに降伏するまで、1000年間繁栄した。

アドリア海の女王と言われたヴェネツィア共和国が、ナポレオンによって歴史の幕を閉じたように、小国家は大国の侵略や併合によって消えて行く場合が多い。そこで大国になることを目指す国も出てくる。しかし大国になったからと言って国家としての寿命が長い訳では無い。

史上最大のモンゴル帝国は400年程しか存在できなかった。古代ローマ帝国は500年程、オスマン帝国は600年、ロシア帝国は200年、ソビエト連邦は70年程度の寿命しかなかった。支那に至っては、易姓革命と言う異民族の乗っ取りが繰り返され、一つの国家として300年以上続いた試しが無い。

処が我が日本は、日本の国名を名乗ってから1300年以上、最小に見積もっても1700年以上も一つの国家として続いている。大国も寿命が短く、小国も寿命が短い。これは巨星や矮星の寿命が短く、太陽程度の恒星の寿命が一番長いのに似ていて興味深い。

恐らく、大国の寿命が短いのは、宗教や文化の異なる多民族国家にならざる得ず、国家の形成が、利害関係が一致した人間によると言う、前提が崩れているからである。EUは国家では無いが、参加国が同じ白人キリスト教文化圏に属しているにも関わらず、早くも矛盾が露呈して崩壊寸前である。理由は、僅かな価値観の差である。

又、小国も自立の条件を満足出来ず、他国に依存して存続せざる得ず、存続は他国次第と、これまた国家の寿命は短いものとなる。

それから考えると、日本は恵まれている。他の集団に干渉される事が少ない島国に位置しており、狭い国土と言われようと、現在1億数千万の人口を有するのだから、それ程狭い訳では無い。海洋を含めば、自給自足が出来る充分の広さが有る。

日本が現存する最古の国家であるのは、弥生以前の国家形成前から、自給自足の生活をし、お互いの文化を共通するに至った事が大きいと思われる。

処で、国家の意義はなんであろうか、それは迷路に迷いこんだ集団が、少数の集団毎に手分けして、出口を探す事と同じである。つまり、国家の意義は、人類がこれから存続するための道を模索することにある。当然、全ての国が、同じ価値観、同じやり方で、同じ理想を追っても、模索したことにはならない。

物事を解析する時、工学的な手法では、小さな模型実験で解析する場合がある。あらゆる要素が含まれる実機や大型模型では、問題が出ても、何処が問題なのか分からないし、改修するにも時間がかかる。それと同様、国境を無くし、国家を無くして、人類全体で理想への道を模索しても、問題が起きても解決の糸口は発見されず、混沌の結果が待つだけである。

それより、小さなモデルである国家で実験すれば、何処に問題があるか分かりやすい。しかも幾つもの国家が、色々な国家形態で理想を追い求めて行くことは、人類が幾つもの実験を行っている事と同じになる。

国民が不幸になる国、他国に依存しなけれな立ち行かなくなった国、これらは人類のモデルとは成り得ず、失格である。従って現在の処、人類にとって国家は必要である。社会主義国、資本主義国、立憲君主国、宗教国家、単一民族国家、他民族国家、場合によっては独裁国家でも良いだろう。

国民が幸せになり、自給自足に近い形で長期に存続できれば、それは人類のモデルと成りうるものである。その結果が、独裁者が支配する単一民族の宗教国家だとしても、人類はそれを参考ににして、宇宙コロニーや別の惑星に移住するとき、又は地球上に新たな世界を構築をするときに役立てる筈である。

この点、1700年以上国家として存続している日本は、充分モデルに成り得る国である。しかも、江戸時代は鎖国をし、庶民は先進国と言われた西欧列強の庶民より、自由で幸福であった。

『日本人は自由である:C・P・ツュンベリー』、『一度も生活の悲惨を見たことが無い:ヘンリー・ヒュースケン』、『私は平和、裕福、明らかな充足感を見出した:ラザーフォード・オールコック』、『日本国民ほど幸福に満ちた国民は他に存在しない:エドーワード・バリントン・ド・フォンブランケ』、等々。江戸時代の日本が、国家として足りなかったのは、科学と軍事力だけであった。

しかし日本は、鎖国から貿易立国として舵を切った。石炭・石油のエネルギー資源が日本に少ないからである。その日本で現在、再生エネルギーが叫ばれているが、日本人には元々鎖国願望が有るのかも知れない。江戸時代以前の日本のエネルギーは、殆ど再生エネルギーであった。勿論、乱獲、資源枯渇の現実もあるが、再生エネルギーへの願望は、エネルギーの自給自足への願望であり、鎖国への回帰でもある。

日本人の一日の一人当たりのエネルギー消費量は30万キロジュール以上。凡そ1秒間に3.5キロワットものエネルギーを消費してる。従って、再生エネルギーだけで、日本のエネルギー需要を賄えるとは思えないが、エネルギーの自給自足、即ち自立国家への道へ挑戦するのは良いことである。それは日本の使命である。

何故なら石油・石炭は地下に蓄積された微生物や植物から生まれたものであり、いわば太陽エネルギーの貯金である。それに依存する国家は、自立しているとは言えないからである。現在の日本もそうであるが、地下資源に依存する国の代表はアメリカである。アメリカの発展は石油に始まった。アメリカは石油だけでなく農業用水も地下水に依存している。アメリカの貿易依存度はそれ程高くないが、グローバル化を叫んでいるのはアメリカであり、対外依存度の大きい国になっていると思われる。

また、国内産業も低賃金の移民に頼る等、アメリカは人類がモデルとする国では無さそうである。結局の処、国家としてのアメリカ的生き方は、ネズミ講のように無限の地下資源・無限の人的資源に依存していると言えるであろう。従って過去の大国が長寿で無かったように、アメリカの寿命も短い筈である。

嘗てのアメリカの石油掘削風景

では何故日本は寿命が長い国なのか。それは国家が長寿である為の、もう一つの要素が日本に有ったからである。それは、日本の社会的文化的要素、人間の和である。災害時にも暴動略奪が起きず、世界が驚嘆した人々が忍従している姿は、縄文以来学習されてきた和の一つの現れである。

和のおかげで、日本人は幸せであった。自由で有った。ではその和の実態は?。それは忍従である。日本人は我慢する事が、人間関係を良くする事を知っていた。夏目漱石の『知に立てば角が立つ。情に棹差せば流される。とかくこの世は住みにくい』の『とかくこの世は住みにくい』を知り我慢することが和の秘訣であった。

日本人は、まず日本が世界一の長寿国である事を自覚すべきである。それから何故長寿であるのか理由を知るべきである。そしてそれを人類の英知として発展育成するべきである。それには日本が、他国に依存せず、他国の干渉を排除した、自立した国家になる必要がある。

それは新たな鎖国の姿である。鎖国と言っても、別に情報や人的交流を断絶する訳ではない。やるのは経済鎖国を目指す事である。当然、全国民が意識して参加する必要があるだろう。

只、問題になのは、内なる外の存在、在日の人間である。彼らの言動は、日本の和とは相容れぬものであった。戦後60年、日本国民になる機会は幾らでも有った。しかし日本国民にならず、それでいて日本国内で国家に干渉し、注文をつける集団の存在を、もはや許すべきでは無いであろう。他国の干渉を受けず、自立する道を探るのが国家の目的であるのなら、彼らの祖国も同じの筈である。これからは自立した国家同士の幸福への道の競争である。やはり在日の方は祖国に帰って頂くことになるであろう。
 

長すぎて、書こうと思ったことを半分くらい忘れてしまった。


【2012/07/01 21:42 】 | 国家とは | 有り難いご意見(5)
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