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国家の理想形態は鎖国

国家の理想形態は鎖国である。自立している事が国家の条件であれば、必然的に鎖国が国家理想の形態となる。他国の干渉を避け、利害関係が一致した集団だけで、自分達の理想を追うのが国家を形成した理由なので、何処の国も、他国の影響力を受けないように、自己完結を目指している筈である。

とは言え、何事も理想と現実には隔たりがある。ヴェネツィア共和国のように、国土の大半が湿地帯に有り、自給自足が出来なければ、商業国家として貿易を生業にして生きていくしかなかった。もっとも、ヴェネツィア共和国の国土の大半が湿地帯と言うのも、他国に侵略を避けるため、その地を選んだのであるから、他国の影響力を受けやすい商業国家になったのは、止む得ない選択で有ったかもしれない。それでもヴェネツィア共和国は商業国家として成功し、ナポレオンに降伏するまで、1000年間繁栄した。

アドリア海の女王と言われたヴェネツィア共和国が、ナポレオンによって歴史の幕を閉じたように、小国家は大国の侵略や併合によって消えて行く場合が多い。そこで大国になることを目指す国も出てくる。しかし大国になったからと言って国家としての寿命が長い訳では無い。

史上最大のモンゴル帝国は400年程しか存在できなかった。古代ローマ帝国は500年程、オスマン帝国は600年、ロシア帝国は200年、ソビエト連邦は70年程度の寿命しかなかった。支那に至っては、易姓革命と言う異民族の乗っ取りが繰り返され、一つの国家として300年以上続いた試しが無い。

処が我が日本は、日本の国名を名乗ってから1300年以上、最小に見積もっても1700年以上も一つの国家として続いている。大国も寿命が短く、小国も寿命が短い。これは巨星や矮星の寿命が短く、太陽程度の恒星の寿命が一番長いのに似ていて興味深い。

恐らく、大国の寿命が短いのは、宗教や文化の異なる多民族国家にならざる得ず、国家の形成が、利害関係が一致した人間によると言う、前提が崩れているからである。EUは国家では無いが、参加国が同じ白人キリスト教文化圏に属しているにも関わらず、早くも矛盾が露呈して崩壊寸前である。理由は、僅かな価値観の差である。

又、小国も自立の条件を満足出来ず、他国に依存して存続せざる得ず、存続は他国次第と、これまた国家の寿命は短いものとなる。

それから考えると、日本は恵まれている。他の集団に干渉される事が少ない島国に位置しており、狭い国土と言われようと、現在1億数千万の人口を有するのだから、それ程狭い訳では無い。海洋を含めば、自給自足が出来る充分の広さが有る。

日本が現存する最古の国家であるのは、弥生以前の国家形成前から、自給自足の生活をし、お互いの文化を共通するに至った事が大きいと思われる。

処で、国家の意義はなんであろうか、それは迷路に迷いこんだ集団が、少数の集団毎に手分けして、出口を探す事と同じである。つまり、国家の意義は、人類がこれから存続するための道を模索することにある。当然、全ての国が、同じ価値観、同じやり方で、同じ理想を追っても、模索したことにはならない。

物事を解析する時、工学的な手法では、小さな模型実験で解析する場合がある。あらゆる要素が含まれる実機や大型模型では、問題が出ても、何処が問題なのか分からないし、改修するにも時間がかかる。それと同様、国境を無くし、国家を無くして、人類全体で理想への道を模索しても、問題が起きても解決の糸口は発見されず、混沌の結果が待つだけである。

それより、小さなモデルである国家で実験すれば、何処に問題があるか分かりやすい。しかも幾つもの国家が、色々な国家形態で理想を追い求めて行くことは、人類が幾つもの実験を行っている事と同じになる。

国民が不幸になる国、他国に依存しなけれな立ち行かなくなった国、これらは人類のモデルとは成り得ず、失格である。従って現在の処、人類にとって国家は必要である。社会主義国、資本主義国、立憲君主国、宗教国家、単一民族国家、他民族国家、場合によっては独裁国家でも良いだろう。

国民が幸せになり、自給自足に近い形で長期に存続できれば、それは人類のモデルと成りうるものである。その結果が、独裁者が支配する単一民族の宗教国家だとしても、人類はそれを参考ににして、宇宙コロニーや別の惑星に移住するとき、又は地球上に新たな世界を構築をするときに役立てる筈である。

この点、1700年以上国家として存続している日本は、充分モデルに成り得る国である。しかも、江戸時代は鎖国をし、庶民は先進国と言われた西欧列強の庶民より、自由で幸福であった。

『日本人は自由である:C・P・ツュンベリー』、『一度も生活の悲惨を見たことが無い:ヘンリー・ヒュースケン』、『私は平和、裕福、明らかな充足感を見出した:ラザーフォード・オールコック』、『日本国民ほど幸福に満ちた国民は他に存在しない:エドーワード・バリントン・ド・フォンブランケ』、等々。江戸時代の日本が、国家として足りなかったのは、科学と軍事力だけであった。

しかし日本は、鎖国から貿易立国として舵を切った。石炭・石油のエネルギー資源が日本に少ないからである。その日本で現在、再生エネルギーが叫ばれているが、日本人には元々鎖国願望が有るのかも知れない。江戸時代以前の日本のエネルギーは、殆ど再生エネルギーであった。勿論、乱獲、資源枯渇の現実もあるが、再生エネルギーへの願望は、エネルギーの自給自足への願望であり、鎖国への回帰でもある。

日本人の一日の一人当たりのエネルギー消費量は30万キロジュール以上。凡そ1秒間に3.5キロワットものエネルギーを消費してる。従って、再生エネルギーだけで、日本のエネルギー需要を賄えるとは思えないが、エネルギーの自給自足、即ち自立国家への道へ挑戦するのは良いことである。それは日本の使命である。

何故なら石油・石炭は地下に蓄積された微生物や植物から生まれたものであり、いわば太陽エネルギーの貯金である。それに依存する国家は、自立しているとは言えないからである。現在の日本もそうであるが、地下資源に依存する国の代表はアメリカである。アメリカの発展は石油に始まった。アメリカは石油だけでなく農業用水も地下水に依存している。アメリカの貿易依存度はそれ程高くないが、グローバル化を叫んでいるのはアメリカであり、対外依存度の大きい国になっていると思われる。

また、国内産業も低賃金の移民に頼る等、アメリカは人類がモデルとする国では無さそうである。結局の処、国家としてのアメリカ的生き方は、ネズミ講のように無限の地下資源・無限の人的資源に依存していると言えるであろう。従って過去の大国が長寿で無かったように、アメリカの寿命も短い筈である。

嘗てのアメリカの石油掘削風景

では何故日本は寿命が長い国なのか。それは国家が長寿である為の、もう一つの要素が日本に有ったからである。それは、日本の社会的文化的要素、人間の和である。災害時にも暴動略奪が起きず、世界が驚嘆した人々が忍従している姿は、縄文以来学習されてきた和の一つの現れである。

和のおかげで、日本人は幸せであった。自由で有った。ではその和の実態は?。それは忍従である。日本人は我慢する事が、人間関係を良くする事を知っていた。夏目漱石の『知に立てば角が立つ。情に棹差せば流される。とかくこの世は住みにくい』の『とかくこの世は住みにくい』を知り我慢することが和の秘訣であった。

日本人は、まず日本が世界一の長寿国である事を自覚すべきである。それから何故長寿であるのか理由を知るべきである。そしてそれを人類の英知として発展育成するべきである。それには日本が、他国に依存せず、他国の干渉を排除した、自立した国家になる必要がある。

それは新たな鎖国の姿である。鎖国と言っても、別に情報や人的交流を断絶する訳ではない。やるのは経済鎖国を目指す事である。当然、全国民が意識して参加する必要があるだろう。

只、問題になのは、内なる外の存在、在日の人間である。彼らの言動は、日本の和とは相容れぬものであった。戦後60年、日本国民になる機会は幾らでも有った。しかし日本国民にならず、それでいて日本国内で国家に干渉し、注文をつける集団の存在を、もはや許すべきでは無いであろう。他国の干渉を受けず、自立する道を探るのが国家の目的であるのなら、彼らの祖国も同じの筈である。これからは自立した国家同士の幸福への道の競争である。やはり在日の方は祖国に帰って頂くことになるであろう。
 

長すぎて、書こうと思ったことを半分くらい忘れてしまった。


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【2012/07/01 21:42 】 | 国家とは | 有り難いご意見(5)
<<菅直人の置き土産の毒団子 | ホーム | 財政再建は下位の優先事項>>
有り難いご意見
無題
国家にもいろいろあって、日本は非常に稀な恵まれた国なんだと思うんです。

私はこの世はすべからく何らかの因果律によって織りなされてきたと思うわけです。

どんなことにも原因があり、それに伴った人の判断が加わり、そして新たな結果が生ずる、、。

しかし、そういった複雑な因果律もいつかは解きほぐされてくる時が来るのでしょう。

それを解きほぐす方法はたぶん、目には目を、歯には歯をといったことで解決するのではないのだろうと思います。

私が思うところは人間が生きている意味、人間が存在する意味、人間が目指すもの、、そういった基本となる本質的な事項に沿って複雑に織りなされたものが解決に向かうのだと思っています。

そういう意味では日本はほんとに恵まれていますね。
他国で頻繁に起こってるようなジェノサイド的なものを聞かない、、。
そういった悲運に泣いた人が少ない。
これはこの国の財産だと思います。

だからこそ、私はこの国を守りたいと思います。

世界を見渡せば複雑に織りなされた悲運の国がいくつもあります。

アフリカなんかはそうでしょうね。
彼らが悲惨な民族間の闘争に見舞われるのも、もとはと言えば白人の狡猾な植民地統治に端を発していると言われています。
本来なら、そんな複雑に絡み合わなくてもすんだものが泥沼に入っている、、。(特亜なんかは、自分で自分の首を絞めているわけで自業自得なんでしょうが、、)

私なんかはそういったことを見聞きすると、いつかはその原因を作った者たちは別の形でその清算をしなければならないのではと思ってしまいます。



とにかく、国家というものの基本は崗上虜囚さのおっしゃるように共通の価値観を守るということにあるのでしょうね。
特に、我が国のような価値観を形成することは非常に希少価値があると思います。

今、それが崩れそうになっていますがなんとか立て直したいものですね。そして、そういった価値観を取り戻せたら、、それを世界に発信できたなら、いうことはないんでしょう。


最後の一文に一番インパクトがあったりしました、、。失礼、、^^。
【2012/07/02 22:57】| | 杜若 #12f2b76fea [ 編集 ]


Re.杜若様
鎖国を恐れず、自尊自立の道を探れと言いたかったのですが、エネルギー問題を入れたので、何がなんだか分からない記事になってしまいました。

>、国家というものの基本は崗上虜囚さのおっしゃるように共通の価値観を守るということにあるのでしょうね。

日本の場合、私より公を優先する精神も共通の価値観になっていると思います。それが共通の価値観になったのは、長い定住生活から共通になったのでしょう。でもその精神は壊れやすいものです。今話題になっている生活保護問題もそうですが、ことさら差別された、人権侵害だと言う輩は、日本人が公の為にそれらの事に敏感なのを逆手に取っているのです。彼らをこれ以上増長させると、価値観と共に日本が破壊されます。その輩と言うのが、朝鮮人です。
【2012/07/03 21:40】| | 崗上虜囚 #990ca54fac [ 編集 ]


日本文化の特殊性
 ふむ、虜囚さんの国家論の片鱗読ませていただきました。

>日本が現存する最古の国家であるのは、弥生以前の国家形成前から、自給自足の生活をし、お互いの文化を共通するに至った事が大きい
逆に、外乱、外圧は、国家や民族が纏まる動機になる筈ですが、仰る様に、ソウ云う作用反作用の理ダケで出来あがった国は、国家形成に関わった支配層の権利が優先され、国家を私物化して終う。つまり、公=私人であり、公=庶民では無い。 それが故に、永く続かないのでしょう。

 日本列島は地理的に様々な民が吹き寄せ流れ着く場所に位置して居ますが、是に氷期に起こる海退現象時の大陸からの民族流入、逆に間氷期の海進現象で起こる隔絶の要素まで勘案すれば、日本の民族構成が多様で、生業や生活圏がバラバラである事も説明が着きます。 生活圏が同じであると、生業で競争相手となり易い、農業なら水争い、漁業なら漁場争いと云う事になる。 

 人口が増えれば必要な食料も増大するから、生産する耕地を増やさねば対応できなくなる位誰でもわかる。 しかし、おいそれと耕地が見つかる様な都合のよい話は少ないだろう、自然、沼地や湿地帯といった場所の干拓や灌漑が必要となるが、その為には労働力が必要だし、資金もいる。

 そうして社会が築かれて行くのだが、是に、非農耕民の侵略という要素が加味されるのが大陸国家の哀しい処でしょう。 

 普段は生業も生活圏も異にする穏やかな民族がイキナリ、飢餓によって野盗化、凶暴化して襲いかかって来るのだから、堪らない。

 侵略する方は、謂わば、天候の異変によって全てを喪った飢餓民で、彼らにとって、侵略するしか生存の途は無い情況が背景として在る。

 蝗民の発生である。

 日本の歴史上で、此の蝗民の発生は極めて少ないのは、生産手段が貧弱な遊牧民が居ない所為と、寡品種大量栽培穀物依存度を極限にまで上げる要素である、水に恵まれた平野部が少ないと云う事ではないだろうか。

 水に頼り過ぎれば、天候異変で渇水が起これば、作物は育たず、多くの人間が飢えることになる、日本列島は四季のバランスを少しでも狂わせれば、作物は思う様に育たない、然も、台風や大雨といった毎年、地震や火山噴火と言った数10年に一回の災害がやってくるばしょでもあったのだから、当然乍、ソウいう変化に対応出来る多様な作物を栽培する事になったのでしょう。

 全てはご先祖様達が、この列島で自然の隙間で生き抜き、子孫を増やして行く為に考えた智恵と実行の結果であると云って善い。

 本物の蝗と蝗民の違いは、蝗が瞬時に死に絶えるの比べ、蝗民は、先住民を皆殺しにして、成り代って行く、亦は、先住民を奴隷にして、無為で生活できるように尤もらしい理由を構成するのである。

 其処で神が利用されるのは言うまでも無い事でしょう。

 西洋の宗教はすべてこの道筋で出来あがって行き、勝ち残った神を崇めるのですが、日本の神道は、完全な例外です。

 勝ち残った民族の神を奉戴するのではなく、皆の神を八百万として、その上に共通の最高神を掲げ、その連絡者としてスメラミコトを選んだのです。

 詰まり前者は、覇道の王が信仰する覇道の神だが、後者は異民族の和の要に位置する大和の神である、という大きな違いが在る。

 ダカラ、覇道社会では有り得ない、威力分離の王でも違和感が無く、様々な異文化の産物や主義思想を受け容れ、取捨選択して消化する事も可能になるのである。

 覇道神社会には、本来、神とは人間の利害の裡に在ってはならないモノである、と云う前提が、見事なほど欠落している。

 我々日本人は、この基底に眠る事実を掘り起こし、認識すべきである。

 

 
【2012/07/04 14:47】| | ナポレオン・ソロ #4fbf655b08 [ 編集 ]


日本文化の特殊性 2
 神が人間同志の利害に絡む様な存在なら、神は利害どちらかの人間にとって、信じるに足りない存在と言う事になろう。

 覇道の神とは、所詮は人間が自分達の利益の為ダケに造り上げた象徴に過ぎない、詰まりは、人間が作った神なので、ご利益の灼さの度合いによってその価値を諮られる事になる。 古代メソポタミアを構成した都市国家のそれぞれに神
がいたが、ご利益の大小で「ダメな神」は打ち捨てられた形跡が在ると云う。 日本の八百万の神様の中にも、ダメな神はいるのかもしれませんが、日本では神=カミ=守=上なので、「カシコキもの=畏きもの」と言う認識で、決してご無礼が在ってはならず、有れば天罰が下ると認識されて居ます。
 
 白色信仰、目玉神、鳥神、蛇神、狐神と言ったバラエティ溢れる多くの神を持ちこんだのは、キット長江の民で、その根源は道教と同じでしょう。

 亦、三国志に出てくる関羽は勿論実在の人物ですが、現在でも江南の地では関羽信仰が盛んで、関西にも関帝廟が在ります。 

 是は、日本で楠正成や菅原道真を神として神社に御祀りして居るのと同じ事の様に思います。

 唯、シナと日本が同文化なのは、精々晋代迄でしょう。 その後のシナ文化は南下してきた蝗民に破壊され簒奪された。

 国の繁栄が永く続くのは、民衆による支持が永く続くからであると云うのが唯一の正解でしょう。 ならば、民衆に拠って行政、立法、司法を運用したらドゥだろうか、と言う試みを具現化したのが近代民主主義国家だった筈です。

 すると民族と言う括り、拘りが台頭を始めたのですが、此の多くの原因は、永らく私=特定の支配民族の為に為された専制政治の反動と言う部分が大きい。

 民主主義は欧州で生まれた様に謂われて居ますし、現実にソクラテス、プラトンの昔に萌芽して、欧州が目指すべき理想社会の背骨であったのですが、では、何故其処に、スラブ系と言う欧州人の基底民族に当たり乍、同時に奴隷層として差別的に扱われて来た民族が存在して居るのか。

 簡単です、現実に差別が在るから、差別を否定する理想主義が生まれた、と言う事です。 詰まり、欧州には、平等社会等何処を探しても存在しない、唯、目指すべき理想が描かれ、人々が限定付きで共感して居るダケなのです。

 彼らに理想社会の達成の具体的な手法を問うと、やれ、階級闘争だの、革命主義だの、戦う事しか出て来ないのは、欧州社会が相互に持ちあう信義等、持って居ない可らに過ぎません。

 欧州人も、その亜流に過ぎない米国人も未だ、社会に真の安息を齎す和の心に辿りついて居ないのです。 そしてその理想形が、民草と共に年を迎え、苗を植え、豊穣を祈り、豊穣を神に謝し、民と共に祝し、そして、民草の為に一生を懸けて祈り暮らすスメラミコトを頂きに戴く、威力分離社会である事に、未だ気が着けて居ないのです。

 私はアメニモマケズ、と言う宮沢賢治の詩を此の上無く愛して居ます。 

 それは、其処に日本人の理想形が描かれて居るからです。 自分の為ダケに利を求めず、威張らず、賢しこぶらず、朴訥で生真面目に生きて行く、そして、決して目の前の苦難から逃げ出さない。

 この詩を読む度、そんな人間に私はなりたいと願う心が、私の心を一杯にします。
【2012/07/04 19:05】| | ナポレオン・ソロ #4fbf655b08 [ 編集 ]


Re. 日本文化の特殊性、ナポレオン・ソロ様
飢餓民が蝗民になったのは、彼らの成功体験でしょう。先住民を殺し、先住民の国を乗っ取り、先住民を奴隷する事で、彼らは生き抜く事が出来たのです。

これは支那・朝鮮だけでは有りません。西欧も同じです。日本だけが違う道を歩んだように思えます。但し、西欧は封建時代を経験しています。特に、モンゴルのような強力な外敵が現れ、領主と農奴が協力して対応しなければならない事などで、領主と農奴に協調関係が生まれました。しかし支那・朝鮮は封建時代を経験していません。

日本にも封建時代が有りましたが、はじめから征服民族・先住民=領主・奴隷の関係ではなかったし、領主も領民を理解していないと国が収めらなかったのです。領主も領民も、死ねば神か仏の世界に行く文化にいたのだから、上下関係は現世の一駒と考えていたのでしょう。

日本の文化は良いとこ取りです。長江人の文化を取りれましたが、生贄のような風習は廃れました。西欧と日本の違いは、西欧が意識して良いもの悪い物の取捨選択を行っていることですが、日本は無意識に悪いものを捨てていました。しかしこれからは、日本も意識して取捨選択をしなければならないでしょう

>威張らず、賢しこぶらず、朴訥で生真面目に生きて行く、そして、決して目の前の苦難から逃げ出さない。

それが、蝗民の付け入る隙になるのでしょう。でも、それを捨てたら日本人の特性を失います。
【2012/07/04 20:59】| | 崗上虜囚 #990ca54fac [ 編集 ]


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