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『ヴェノナ』の読み方
2つ前の『本の紹介、自主防衛を急げ』の記事のコメント欄に、日本とアメリカが戦争になった経緯について、『日本の国際社会での孤立化が日本を戦争に追い込んだ理由であり、アメリカが日本を陥れる必要はなく、日本の行動が禁輸を招いたのだ』との説を述べる方(三宅烈士氏)がいました。

いわば、アメリカは戦争をする意思はなく、日本の行動が窮地を招き、勝手に戦争を始めたととの解釈です。全て日本が悪い。まさしくこれが東京裁判史観です。

殆どの日本人は現在でも、そう思っている人が多いと思いますが、ところが、戦後明らかになった処では、アメリカに戦意が無い何どころではなく、ルーズベルト周辺にはソ連のスパイであるコミンテルが一杯いて戦争を画策していたことが分かってきました。

日本が開戦を決意するに至った、『ハル・ノート』の素案作成に参加したハリー・ホワイトもその一人です。コーデル・ハルが書いたハル・ノートは穏やかのものだったと言います。しかし独ソ戦に備えていたソ連は日独からの挟撃を恐れ、日米開戦を望んでいました。当然ソ連の意を汲むハリー・ホワイトの工作目的は、日米戦争の画策です。

また、チャーチルと親しかったルーズベルトは、イギリスを軍事面でも支援をしたかったようで、これも日独伊3国同盟の一員である日本とアメリカが戦争になれば、必然的にドイツに宣戦を布告したことになり、日米戦を望んでいたと思われます。

しかし当時のアメリカ人の多くは戦争に反対でした。それを戦争に引き込むのが『裏口から戦争へ』と言われるハルノートです。アメリカが日本を陥れる必要はないどころか、ルーズベルト政権は対独戦に参戦する口実を探していたのです。

それだけ無く、ルーズベルトはフーバー元大統領が『ルーズベルトは狂気の男』というような偏執的な人種差別者です。特に日本人に対しては嫌悪感を持っていました。ルーズベルトは支那人が好きだったと言われますが、そうではなく白人に伍してきた日本人のほうが、支那人より嫌いだったにすぎません。でなければ『人種改良論』など言いません。

以上が、ルーズベルト政権が3つの理由で日本に対して戦争をしたかった事と、日本を陥れる理由があった事の説明です。それに対して日本は満州の権益を守りたいのと、石油を得ること以外戦争する目的が有りません。

ところが三宅烈士氏は、『ハリー・ホワイトが共産主義のスパイである、という類の話はマッカーシズムの産物です』と言います。インターネットを駆使する読者の皆さんにとって、ハリー・ホワイトが共産主義のスパイは周知の事実ですが、まだご存知でない方のために、ハリー・ホワイトがスパイだったとの出所である『ヴェノナ文書』の事を少し説明します。

と言っても、かなり前に中西輝政監訳の『ヴェノナ』を買ったのですが、途中に余計な本を読んだりしているもので、まだ全部を読みきっていません。と言うことで、出来るのは簡単な説明だけです。

『ヴェノナ文書』とは、『ヴェノナ作戦』と名付けられた、第二次大戦前後に米国内のソ連スパイ達とモスクワの防諜本部との間でやり取りをした、約3000通以上の秘密通信を解読して得られた文書です。

それが公開されたのは、ソ連崩壊後モスクワで発見された資料の中に『ヴェノナ作戦』なるものが見つかり、それを指摘した文書を読んだモイニハン・上院議員が『ヴェノナ作戦』なるものが有ることを知り、公開に向けた働きかけを行ったと同時に、ヴェノナ作戦に従事した人間の中にも、『絶対解読されない』とされたソ連の暗号を解いた自分達の功績を、是非公にして欲しいとの要望があり、公開に踏み切ったものです。

『ヴェノナ作戦』で明らかになったソ連スパイは、前述のハリー・ホワイト、ラフリン(ロークリン)・カリー上級補佐官、OSS(CIAの前身)高官だったダンカン・リーやフランツ・ノイマン、米陸軍で暗号解読に関わっていたウィリアム・ワイズバンド、アドルフ・バーリ国務次官補等がいます。

後は書ききれないので割愛しますが、『ゾルゲ=尾崎事件』に関与していた宮崎与徳なども登場します。ルーズベルトの周辺にはホワイトやカリー、近衛文麿の周辺には尾崎秀実と、まさに日米でソ連と通じた共産主義者が戦争を起こそうと暗躍していたのです。

現在公開された『ヴェノナ文書』には、直接日本への謀略活動や、日本を戦争に導いた記述は有りません。

しかしラフリン・カリーの、『1941年7月23日のフライングタイガースによる日本本土爆撃計画』に対するインタービューに、『計画は私が中心となり推進し、このことは、もちろん米国首脳は十分了解していた』と答えているのですから、真珠湾前にルーズベルト公認の下、ソ連のスパイ達が日本に戦争をしかけ、さらに日本と支那を戦争させようとしていたのは明らかです。

従って『ヴェノナ文書』だけ読んでも、アメリカの意図や日本が戦争をするに至った経緯は分からないと思います。それを理解するには、2012/09/12『東京裁判史観』で紹介したチャールズ・A・ビーアドの『ルーズベルトの責任』や、支那に居て現地から現状を分析したラルフ・タウンゼンやフレデリック・ヴィンセント・ウイリアムズの記述等を併せて読むべきでしょう。

中でもビーアドはルーズベルトの不可解の行動を戦争に導こうとしていると洞察し、タウンゼンは、真実を隠して日本の脅威のみ伝え、大衆を扇動する異様な報道を、共産主義の宣伝力と正しく分析しています。

ところが現在でも三宅烈士氏のように、共産主義者の宣伝そのままに『欧米資本を容赦無く破壊する日本からは、戦争する意志がつたわってきます』とトンデモ説を言い出す人間が現れてくるのが不思議です。

左翼は印象操作をし、支那人・朝鮮人は嘘を真実だとがなり立てて、歴史を偏向し又は捏造しようとしますが、少なくてもインターネット世界では、もう通用しなくなっています。

インターネット世界でも玉石混合、嘘・捏造・印象操作は満ち溢れていますが、ネットで調べる人間は何れ一次情報を探し出します。そして真実は、複数の一次情報を照らし合わせることで見つけられるのです。その一次情報の一つが『ヴェノナ』です。


ジョン・アール・ヘインズ&ハーヴェイ・クレア、中西輝政監訳『ヴェノナ』定価3200円。買ってね。

 
左:フレデリック・ヴィンセント・ウィリアムズ『中国の戦争宣伝の内幕』。右:ラルフ・タウンゼント『アメリカはアジアに介入するな』。
 
 
R・F・ジョンストン、中山理訳、渡部昇一監修『紫禁城の黄昏』(祥伝社版
腹立たしい事に、岩波文庫版の『紫禁城の黄昏』は、原文では『皇帝が絶対に頼りたくない人間が、蒋介石と張学良だった』となっていたのを『世界中で一番最後に頼れる人物が、蒋介石と張学良だった』と間逆に訳している。実は皇帝が頼りたかったのは日本だった。しかし日本は侵略心旺盛どころか自重していたのだ。又、原著の清朝を建国したのが満州族であるとの記述がある第一章から第十章を全部省略している。中共に遠慮しているためだ。左翼はこういう汚い事もやる。左翼が書いた本を買うのはやめよう。


『ヴェノナ』の最後の方に、『イデオロギーが育てたスパイ』と『洗脳の恐ろしさ』のタイトルの項がある。アメリカの共産党員は何故ソ連の防諜活動に協力したのか疑問に思ったのであろう。彼らは脅されたり金欲しさから、あるいは精神的な異常うえにスパイになったのではない。共産主義イデオロギー上の忠誠心から、防諜活動に加わったのである。

又ロシアからの移民については、共産主義思想とロシアとの愛着が一つになって、アメリカ国民より、ソ連という国家への愛国心がはるかに強かったのだろうとしている。

それと、現在の日本の支那・朝鮮に親近感を持つサヨクや帰化人の言動を重ねてみると、良く似ていることが分かる。現実を直視せず他国に理想を求めて自国を破壊しようとする日本のサヨクも同じなら、帰化しても日本国民でいるより、依然嘗ての祖国の同胞への愛着心が強い支那・朝鮮系の帰化人も同じである。

はっきりとした結論こそ出ていないが、示唆に富み考えさせる項である。もっとも日本の現在にサヨクは、イデオロギー上の忠誠心など無く、日本を貶めることに喜びを感じる変態にしか見えないけど。
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【2012/10/20 08:33 】 | 東京裁判史観 | 有り難いご意見(21)
東京裁判史観3
前のエントリーで自民党総裁候補のお花畑ぶりを書いたが、殆どの自民党の政治家も大同小異なのだろう。ひょっとしたら、東京裁判を全否定しない安部氏も同じなのかも知れない。

彼らの何処が間違っているか?。それはGHQに洗脳された東京裁判肯定史観から抜け出ていないからである。それは安部氏を除いて皆首相としての靖国参拝をしないと言ったことで分かる。

何故彼らが靖国参拝をしないかというと、彼らはA級戦犯が祭られているからだと言うのだろう。これこそあのインチキ裁判に騙されている証拠であるが、それより彼らは大東亜戦争の本質が分かっていない。否、考えようともしない。彼らは明治以降、日本が何と戦っていたか全く分かっていない。

恐らく彼らは靖国の英霊は戦争の被害者だと思っているのであろう。原爆や空襲の被害者と変わりがない被害者だと思っているのだろう。靖国の英霊は軍部に騙された被害者であり、英霊達の死は無駄死にだと思っている筈である。

何故そう思うかと言えば、それは大東亜戦争で助かった者は、徴兵もないのに平和に暮らせ、繁栄までも享受できたからである。しかし、英霊の死が無駄死にとの考えは間違っている。否、これは英霊達の死を本当に無駄死ににする考えである。

大東亜戦争の意義は、この戦争により独立を果たした東南アジアの人々の方が分かっているだろう。彼らは白人からの植民地から解放されたのである。しかし開放されたのは日本人も同じなのである。

それを日本人が気が付かないのは、大東亜戦争一つで開放された東南アジア諸国のように劇的でなかったからである。では東南アジア諸国人々や日本人は何から開放されたのであろうか。それは人種差別である。日本は人種差別からの開放、即ち人間平等のために戦っていたのである。

日本は明治維新により江戸の幕藩体制から挙国一致の中央政権国家に生まれ変わった。理由は欧米による植民地になるのを避けるためであり、その目的のため日本は戦時体制に移行したのである。富国強兵、この一言が全てを表している。

近代の歴史を見れば、日本が如何に平等のために戦っていたか分かる筈である。アメリカとの不平等条約が解消されたのは、日露戦争に勝ち、韓国を併合した後である。

そして最初の日清・日露戦争により、日本が強兵の国であることを欧米世界に示した。日本の戦いは戦争だけに限らない。台湾経営、朝鮮の改革、満州への投資、背伸びしているかのような外地への莫大の投資も、欧米人に侮られない為の戦争であった。

日本は一躍先進国に踊り出でた筈であった。しかしそれでも、人種差別が消えた訳ではない。第一次大戦に日本は駆逐艦を大西洋や地中海に派遣したが、給油の時は常に最後にまわされた。ワシントン海軍軍縮会議の5:5:3の比率やロンドン海軍軍縮会議の10:8:6も、白人国家との対等を許さない考えが有ったと思われる。人種差別は依然としてあったのである。

ここで、欧米による人種差別がどのようなものか見て見よう。まず南米では先住民はスペイン人による虐殺や疫病により10分の1以下になった。北米でも同様である。アメリカはインディアンの土地を奪って出来た国である。虐殺やインディアン絶滅政策により、1000万人程いたと思われるインディアンは、最後は50万程度しかいなくなった。あのリンカーンも、白人に土地を奪われて、飢餓により暴動を起こしたダコタ族を女子供を含めて全て殺した。

明治の開国は近代文明に接したからだと思っているかも知れないが、当時の日本人は強くならないと虐殺されるか奴隷にされる事を知っていたからである。例えばペリー艦隊は、白人船長を殺して石垣島に逃げ込んだ支那人奴隷に砲撃を加え、捕まえた100人全員を皆殺しにしている。

ダグラス・マッカーサーの父アーサー・マッカーサーは、フィリピンのレイテ島とサマール島の島民を皆殺しにした。フィリピン独立の約束を反故にされ、銃弾を打ち込まれたアギナルド軍がアメリア兵を殺したからだ。ようするに有色人種は人間扱いされていなかったのだ。勿論、こんなことをやったのはアメリカ人だけでは無い。何処の殖民地でも普通の事であった。

日本人がそこまでされなかったのは、戦って人間としての権利を少しづつ勝ち取ってきたからである。大東亜戦争の敗戦により皆殺しにされなかったのは英霊達の奮戦により勝ち取った成果である。

それを現在、多少人間扱いされているからと言って、当たり前のように思って、英霊達の死が無駄死にと思っているのは、恩知らずであり傲慢である。

日本は戦時国際法に則り、武器を置いて降伏した。しかしアメリカは戦時国際法に新たな事後法を加え、裁判という虐殺を行った。その虐殺が少数とは言え、絞首刑という穏やかな殺し方とは言え、人間同士の約束を破るものである事に変わりが無い。

欧米人達の心胆寒からしめる戦いをした英霊のおかげで、東京裁判は最後の人種差別かも知れない。否、人種差別は終わっているわけでは無い。今尚厳然と続けられている。日本人がそれに抗しなければ、それと戦う気概を失ったとき、人種差別は又盛り返す筈である。

 
 

東京裁判を肯定する日本人は既に奴隷である。それも仲間も奴隷に陥れる卑怯な奴隷である。
【2012/09/20 23:00 】 | 東京裁判史観 | 有り難いご意見(6)
東京裁判史観2
前エントリーで、酒と泪と様から、支那事変は戦争でないから支援しても戦時国際法の中立義務違反にはならないと、ご意見を頂ました。その通りなのでしょう。

それでも東京大空襲、広島長崎の原爆とアメリカの戦時国際法違反は逃れることが出来ません。支那事変にアメリカも加担しているのに日本だけ平和に対する罪をを被せるのも片手落ちです。

と言っても、日本が正しいと言い張れと言っている訳ではありません。東京裁判の判決が正しいか否かと言った時点で彼らの思う壺です。東京裁判は戦争の延長です。あの戦争は『侵略戦争』だなどの東京裁判の為の造語を未だ言う日本人がいるのを見れば、彼らの笑いは止まらないでしょう。

戦争は終わっていないのです。東京裁判は一区切りかも知れませんが、人間個人が生存競争をしているの同様、国家も存亡を賭けた戦いを昔も今もこれからも続けているのです。

天皇陛下がおっしゃった『戦争中のことですから』は、東京裁判にも当てはまるのです。それが分からず、『日本は侵略戦争をした』、『日本は戦争責任がある』とうるさく言う日本人は、戦勝国の手先になった卑しむべき人間か、洗脳された馬鹿かのどちらかです。

天皇陛下が戦争責任について訊かれたときにおっしゃった『そういう文学方面はあまり研究していないので』の言葉をもう一度解説してみます。

言葉は人を縛ります。人は自分で発明した言葉にも縛られるのです。深く思考する人は多くの言葉で縛られ、真理を得たものはたった一つの言葉に縛られているとも言えるでしょう。

日本人が言霊(ことだま)と、言葉に霊魂が有ると思っていたのは、本質をついていたかも知れません。言霊と言う言葉があるからこそ、日本人は言葉を大事にし、又言葉に縛られる人が多いのかも知れません。

しかし一般国民ならいざ知らず、国民を主導しなければならない知識人や政治家が、言葉に縛られ、しかも悪意がある他国の人間の思うがままの状態になっているのは、馬鹿々しいかぎりです。

その点支那人は言葉に縛られません。流石禅を生んだ国、あらゆる束縛から脱し自由な境地になったかと言えば、そうではありません。彼らの言葉は相手たじろがせる道具であり、相手を縛る道具であり、自分をアピールする為の道具です。

当然嘘も平気です。彼らは言葉の束縛から解き放たれたのではなく、言葉の使い方がぞんざいなだけです。しかも彼らは言葉だけでなく欲にも縛られています。この点は支那人も朝鮮人も同じです。

日本人は言葉の束縛から自由になるべきです。たった一つの真理の言葉からもです。勿論、戦勝国が日本人が縛るために作った『侵略戦争』や『戦争責任』からもです。

『応に住する処無くして、其の心を生ずべし』は金剛教の一節ですが、日本人にぴったりの言葉です。その意味は、言葉による束縛から脱し、言葉による拠り所も捨て、自由になって、始めて本来の生き方が出来るの意味です。

何故日本人にぴったりかと言えば、日本の規律や秩序は言葉による法や契約や、思考停止させるような戒律では有りません。美意識です。逆に束縛のある心は美意識を阻害します。言霊(ことだま)が有る日本です。言葉から自由になっても、もっと言葉を大事にする筈です。

日本は神との契約が無いのに道徳が有り、未曾有の津波にあっても略奪も起きず、先進国の中でも最低の犯罪率の国です。

欧米はどうでしょうか。契約に頼る彼らも言葉を大事にしているかも知れません。がしかし、ぎりぎりの所で騙しが行われます。従って彼らが言葉から自由になったら秩序はなくなります。此処しばらくは欧米人には言葉による束縛は必要でしょう。

陛下の『そういう文学方面はあまり研究していないので』は、文学と言ったので分かりずらかったかも知れません。意味は、そんな造語は追求するような問題では無いと言っているのです。日本人が追求すべきは美意識です。
 
騎馬武者は野放図なバサラ大名であるが、バサラに生きた分、余計に美にこだわった筈である。
【2012/09/14 19:25 】 | 東京裁判史観 | 有り難いご意見(4)
東京裁判史観
朝鮮人と不愉快な仲間達により、未だ東京裁判史観の洗脳工作が行われているが、ヴェノナ文書公開、マッカーサ証言、ルーズベルトの言動等、ネットや書籍によりこれらの事実を知る機会が増えたことで、多くの日本人が東京裁判史観から目覚め始めている。

もっとも『ヴェノナ』や『ルーズベルトの責任:チャールズ・A・ビーアド著』など読まなくても、ハル・ノートに書かれていたことさえを知っていれば、東京裁判のインチキに騙される人間はいない筈であるが。

『一昨日来やがれ』は喧嘩の挨拶言葉である。つまり相手に出来ないことを要求することで、話し合いを拒否する意思を示した言葉である。

これと同じような文書が外交文書に書かれていた。それがハル・ノートである。

それには、日本国政府は『支那及び印度支那より全ての陸・海・空軍兵力及び警察部隊を撤退させること(。police forces from China and from Indochina.)』と書かれていた

これを読んだ国務省の人間で、この覚書の条件に日本が受諾する筈が無く、これが戦争の序曲にならないと思わない人間はいなかった筈であると、チャールズ・ビアーズは思った。

ハル・ノートは最後通牒である。戦争の始まりの通告である。事実、アメリカが対日禁輸とハル・ノートにより、日本は真珠湾攻撃に踏み切った。

アメリカが対日禁輸を決定したのは、1941年7月の日本軍の仏印進駐の為であり、ハル・ノートが示す強行姿勢は、それによるものであり、戦争開始責任=平和への罪は日本側に有ると言う人がいるかも知れない。

だが、それなら『支那より全ての陸・海・空軍兵力及び警察部隊を撤退』とはならなかった筈である。条件は『印度支那より撤退』になっていた筈である。

日本軍が仏印進駐をしたのは、中華民国を軍事援助するための輸送路=蒋援ルートの一つ仏印ルートの遮断の為であった。ゴムや石油を求めてでは無い。

それよりアメリカは、この蒋援ルートから中華民国を軍事援助を行い、すでに日本に対して戦争をしかけていた。真珠湾攻撃の以前に、アメリカ合衆国義勇軍(AVG)なるものが日本と戦争状態だったのである。

アメリカ合衆国義勇軍(AVG)、即ちフライングタイガースのことである。AVGは蒋介石空軍のオブザーバーをしていた陸軍航空隊大尉クレア・L・シェンノートがルーズベルト大統領に要請して出来た組織である。義勇軍が出来、軍事物資で支援するのは戦争とは言えないと思うかもしれない。

しかし戦時国際法では、中立国が戦争当事国に軍需物資や武器、戦争必需品を供与することは戦争行為とみなされる。と言う事は、真珠湾攻撃の前、既にアメリカは日本に戦争しかけていたのだ。それが何故か、日本だけが平和に対する罪として裁かれている。

対日禁輸やハル・ノートやAVG等により、当然アメリカは日本の攻撃を予想していた筈である。しかしルーズベルト大統領は何もしなかった。否、敢えて軍事基地を無防備にさせた。

日米関係が緊張状態であることは、全てのアメリカ人は知っていた。当然軍人なら日本の攻撃を意識し準備する。大統領命令の真珠湾に戦艦を並べて置くことの危険性も知っていた。太平洋艦隊司令長官ジェームス・O・リチャードソン大将もその一人ある。そのため彼が太平洋艦隊司令長官だったときは、太平洋艦隊は海上にいるときが多かった。

しかし、リチャードソン大将はホワイトハウスに呼びつけられ、太平洋艦隊司令長官を解任され少将に降格される。代わりにハズバンド・エドワード・キンメル少将が中将を飛び越え大将になり、太平洋艦隊司令長官に就任する。ルーズベルトの強引な人事である。

そしてリチャードソン大将の『艦隊をこれだけ進出させると日本を刺激して日米戦争の引き金となる』の言葉どおり、真珠湾攻撃が行われる。しかし責任はキンメル大将に向けられ、彼の名誉は未だ回復に至っていない。それはキンメル大将の名誉回復をさせると、真珠湾の被害を招いた本当の責任者であるルーズベルトを追求しなければならないからである。

ルーズベルトが日本との戦争に導いたのは、彼のブレーンにソ連に通じる共産主義者が多数いたからと言う人もいる。多少はそれ等の人にそそのかされた事もあるかも知れないが、本当の動機はルーズベルトが持つ有色人種に対する偏執的な性格から来たものである。

ヘンリー・ルイス・スティムソンを呼び寄せたのも、彼が同じような性格だったからである。日系人の強制収容の推進、原爆の使用の許可したのスティムソン長官である。フーバ大統領の国務長官時代、彼の偏執的な日本嫌いに周りもあきれ、フーバ大統領にも度々たしなめられるような人間であったが、ルーズベルトとは性格が合ったようである。それは人種偏見と言う性格で。

戦争に責任を追求される人間があるなら、ルーズベルトは戦争責任が有るといえるだろう。ルーズベルトこそが平和に対する罪で裁かれなければならないだろう。ハル・ノートに書かれている『支那及より全ての陸・海・空軍兵力及び警察部隊を撤退』が平和にたいする罪なら、日清戦争もアメリカが調停した日露戦争も平和に対する罪となる。千島列島を放棄させられた事を見ると、千島樺太交換条約も平和に対する罪となる。

東京裁判では追求されたのは日本人だけである。戦時国際法が有ろうと、戦勝国の無差別爆撃は裁かれず、戦争当事国の片方に軍事援助を行っても戦勝国の行為は戦争行為とみなされず、遡及法で裁判が行われたのである。

馬鹿馬鹿しい事に、当時の多く日本人も現在の日本人の中にさえ、この茶番劇を正しい裁判と思い込んでいるのがいる。

東京裁判の茶番劇を企画した、レイテ島で1899年にフィリッピン人の皆殺し行った、あのアーサー・マッカーサーの子ダグラス・マッカーサーでさえ、最後には議会で『Their purpose, therefore, in going to war was largely dictated by security(日本が戦争した目的は、主として安全保障上の要求によるものであった)』と証言したのにである。

それでも当時から、この裁判が茶番劇であることを正確に判断していた日本人も大勢いた。その一人が先帝陛下(昭和天皇)である。

昭和天皇は史上初の公式記者会見で、『原爆投下をどう思うか』の質問に対して『戦争中のことですから』とお答えになり、『戦争責任についてどのようにお考えになっておられますか』の質問に対して『そういう文学方面はあまり研究していないので』とお答えになられた。流石陛下は賢い。戦争の本質が分かっておられる。

幾ら新たな規定を戦争法に追加して他国を裁こうと、敗戦国民に贖罪意識を植え付けようと、やはり戦争は勝てば官軍。裁判による処刑も只の報復劇。当然原爆投下の無法行為も戦勝国は裁かれないことを陛下は知っていた。

従って、陛下の『戦争中のことですから』の意味は、『インディアン絶滅政策も、インディアンを狭い土地に押し込めた事も知っています。貴方方の戦争のやり方は全て分かっていますよ』であり、『そういう文学方面』の意味は『そういう洗脳工作のやり方は研究していないが、洗脳工作であることは分かっていますよ』の意味である。

東京裁判の茶番劇を知ったとしても、敗戦に至った反省はするべきである。数百万の有為な人材を失ったのだ。当然反省すべきは東京裁判史観では断じて無い。何故戦争に負けたのか、避ける道は有ったのか、負けないようにするにはこれからどうすべきか、二度と同じ轍を踏まないために反省すべきである。



この本と『暗黒大陸、中国の真実:ラルフ・タウンゼント著』と『中国の宣伝の内幕、日中戦争の真実:フレデリック・ヴィンセント・ウイリアムズ著』を併せて読むことをお勧めする。1930年代から、プロパガンダの形で戦争は始まっているのが分かる筈である。

若かれし頃、映画館で『夜の大捜査線』『ソルジャーブルー』を見た。アメリカが変わろうとしているが分かった。現在のアメリカが、まだ人種差別と戦っていることも知っている。

しかし、未だ東京裁判史観を押し付けるアメリカ人がいたら、強烈な反撃を食らわす必要があるだろう。反撃の材料は一杯ある。原爆を言わなくても、インデアンの虐殺。スペイン戦争のインチキ。フィリピン人の虐殺と独立潰し。ハワイの乗っ取り。占領軍の強姦と慰安婦の要求等々。どうせそのような人間はフランクリン・D・ルーズベルトやヘンリー・R・スティムソンのような人間である。どうせそのような人間とは会話は成立しないのだ。

だが東京裁判史観を押し付けないアメリカ人に、それを言う必要は無い。彼らも知っている『戦争だったのだ』。
【2012/09/11 22:09 】 | 東京裁判史観 | 有り難いご意見(4)
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