忍者ブログ
  • 2018.04
  • 1
  • 2
  • 3
  • 4
  • 5
  • 6
  • 7
  • 8
  • 9
  • 10
  • 11
  • 12
  • 13
  • 14
  • 15
  • 16
  • 17
  • 18
  • 19
  • 20
  • 21
  • 22
  • 23
  • 24
  • 25
  • 26
  • 27
  • 28
  • 29
  • 30
  • 31
  • 2018.06
天皇の遺伝子

高島宗一郎福岡市長の支那から研修生年間800人受け入れとか、海水淡水化技術を公開するなどのニュースに血圧が上がる思いをしている人から見ると、お花畑と言われそうですが、今日のエントリーは天皇の遺伝子、つまり出自です。『天皇の遺伝子』は、進化生物学者氏の著書名ですが、『天皇の出自』と題するのには、恐れ多いので『天皇の遺伝子』としました。(同じかも)

『天皇の遺伝子』を書くに至ったのは、最近読んだ中田力著『日本の古代史を科学する』に、ちょっと気になる天皇の出自が書かれていたからです。

私は、日本人の形成に興味を持って調べています。なので、書店にいっても日本の古代が書かれた本の棚に目が移ります。しかし興味をそそられる背表紙の題とは裏腹に、トンデモ類ばかりが並んでいます。それにしても、朝鮮人やサヨクが書いた本が多いこと。

最近は本を買うのにも、サヨクか朝鮮人が書いたものかを確かめることにしています。何故なら、彼らが書いたものは、面白くないのです。僅かに残った遺跡や、DNAや言語、民族の文化から古代人の営みを推論するのは、楽しい遊びです。

しかしサヨクが書くと、いきなりサヨク価値観からのお説教となります。(そのお説教が、どういうものか『「日本人」はどこから来たのか 』を見て想像して下さい)
 

又、朝鮮人が書く本も面白く有りません。現在世界に喧伝している剣道・茶道などと同様、日本の文化はすべて半島から来たものばかりと言っているだけで、学術的価値はゼロ、推論を刺激をするものも有りません。

それに対して、『日本の古代史を科学する』を書いた中田力氏は、MRIの世界的権威者で複雑系脳科学でも世界的権威者だそうです。従って、魏志倭人伝等を複雑系科学から読み解いて、新たな見解をこの本にまとめています。

それによると、奴の国は佐賀平野に位置していると想定して、従来の福岡市としていたのと違います。確かに魏志倭人伝に書かれている方位に従えば、奴の国は佐賀平野に位置し、吉野ヶ里遺跡が有った事からも、納得できます。それから水行過程は有明海を陸沿いに行くことであり、そこから陸行して行く着く先は宮崎平野になります。

結果、中田氏の推論では、邪馬台国は宮崎県・日向の国に有ることになります。水行10日や陸行1ヶ月の時間は、距離ではなく%として、方位は正しいとするとそうなるのかも知れません。

確かに、神話に書かれている天孫降臨の地は日向の国で、また宮崎県は神社が多いことも有名です。しかし宮崎県は、奈良県・大和の国のように大型の古墳が多数ある訳では有りません。邪馬台国が金印を貰ったのは、印度や大月氏のように大国であることが認めれらたからです。

この点、蔵琢也氏は、宮崎県は平野部が少なく、大人口を養うのに不利だとしています。そこで中田氏は、小国にも関わらず、魏が邪馬台国に金印を与えたのは、邪馬台国を治める者の出自が高貴な出自だったからではないかと推測します。

日本人の中には、O2bのY遺伝子を持つ男性が多数存在します。このO2bタイプは長江文明の遺児のタイプと思われています。長江文明は黄河流域の牧畜民=漢族に滅ばされ、かなりの人間が日本列島や朝鮮半島南部に逃れたと思われます。これがボートピープルの第一波です。

日本列島では、稲作は縄文時代から始まっていますが、それを伝えたのも長江から逃れた人々だと思われます。一方大陸に残った、長江人は稲作技術を買われ、漢族に支配下に置かれます。それが呉の国や越の国等です。百済がそうで有ったように、呉も越も、支配者と被支配者が違う民族で有ったことが想像されます。

呉の国を治めた太伯、虞仲は、周の皇帝の長子、次子です。二人は末弟の季歴に後継を譲るため、呉の国の民の風習である刺青を全身にしたとの伝説が残っています。刺青は蛮族の証と言われていたそうですが、別の見方をすると、刺青をしてまで被支配階級に理解を示したのは、被支配階級である長江人の文化が高かったから、とも読めます。

その後、呉は隆盛を誇りますが、越に滅ぼされます。支那の興亡の歴史は虐殺の歴史でもあります。当然多くの人間が、先を争って逃げ出した筈です。これがボートピープルの第二波です。呉の国は、日本とゆかりが深く、庶民の技術は高かったようで、『呉の国の刀は優秀で、倭鍛冶、韓鍛冶が挑戦したが匹敵するものが出来なかった』との記録もあります。その後日本は日本刀を開発しますが、日本刀の祖は呉の刀剣なのでしょう。

そして高貴な出自と言うのが、ボートピープルの中にいた周の皇帝の血を引く呉の貴族であり、邪馬台国には、周の皇帝の血を引くものがいたから金印を与えられた、つまり天皇家は周の皇帝の血をひいている、と言うのが中田力氏の説です。

果たしてそうでしょうか。私はまず、言語と神話の観点から見て違うと思います。日本語は孤語言語と言われています。近いとされる朝鮮語とも8000年以上離れていると言われています。現在の日本語は縄文時代から伝わっているものです。中田氏の言うように、高度な文化を持つ集団が、縄文人を追いやって邪馬台国を築き、その後の日本に発展したなら、日本語は長江人が使っていた言語に近いものになっていた筈です。

逃れた長江人が作ったと思われる国の一つにタイがあります。タイの男性のY遺伝子の殆どはO2aなので、日本人のO2bのタイプとは多少違いますが、かなり近いタイプです。呉越の時代では、支那の南部はタイ語に近い言葉が話されていたの説もありますので、長江人がその後の日本を作ったなら、日本語はタイ語とかなりの共通性がなくてはなりませんが、そうでは有りません。

言語こそ文化の元です。言語から見れば、大陸から渡ってきた人は、多くの文化を伝えたが、先住民である縄文人に飲み込まれたと言わざる得ません。恐らく、縄文人が三々五々渡ってくる渡来人を受け入れ、渡来人と急速に融和したと思われます。

それは、縄文人の男性のY遺伝子のタイプと言われているD2タイプが、現在、30から40%の多数派を占めていることからも窺がえます。縄文人は縄文末期の寒冷化により数万人に激減したと言われています。それが長江人がもたらした稲作で救われたのです。稲作も数十年で名古屋あたりまで北上しています。これも定住生活が長く、物作りに長けた縄文人なので、技術伝承も容易だったのでしょう。

後、中田氏の説が違うと思うのは、神話です。若し呉の貴族が邪馬台国を築く、若しくは邪馬台国の長に祭り上げられて、それで金印を与えられていたのなら、古事記や日本書紀に誇らしげにその事が書かれている筈です。

呉の国の伝説は支那にありますが、呉越同舟の言葉があるように、史実に近い形で残っています。それは記憶が新しいからです。それなら当然、呉の国を脱出してきた人々の話は史実に近い形で神話の中に残っているはずですが、なにもありません。天の岩舟の話は有りますが、神が船で渡って来た記述も無いのです。

古事記の初めに有るのは、天地未だ別れていない時に、次々と現れて消えてゆく不思議な神達の描写です。そして、イザナギ命、イザナミ尊にまつわる、火山の描写としか思われない火の神の多さです。これは大陸とは関係なく、神話の形成時期が古い事を意味します。

そう考えると、天皇の出自は、D2タイプの遺伝子を持つ縄文系ではないかと思わざる得ません。勿論、先住民も渡来人も融和した社会の中から、優れた長が選ばれたのだと考えれば、天皇の出自が渡来系の可能性も否定できません。しかし中田氏が言うような、渡来系が縄文系を追いやったことは無いと思います。当然、騎馬民族が天皇家の先祖などの話は、荒唐無稽以外何ものでもないでしょう。

中田力は、線形科学しか知らない人文系科学者が現実とは掛け離れた解を出しているが、複雑系科学を応用すれば解けると言っていますが、氏の解も首を傾げたくなるのが一杯あります。

その一つが、徐福伝説です。徐福が始皇帝を欺き、3千人の技術者と五穀の種を持って日本に旅立った目的は、徐福が姫姓の再興の為に、日本にいると思われる姫姓の人間を迎える為と、中田氏は考えているようです。

そして中田氏の説がトンデモだと思われるのは、『徐福が連れて行った貴族の臣下に、チベット族である羌族が多く含まれており、日本にDタイプのY遺伝子を持つ男性が多いのはその為である』との説です。

そもそも、Dタイプと言っても、チベット族のY遺伝子のタイプはD1かD3タイプで、日本人のD2タイプとは違い、D1・D3タイプは日本列島にいません。D2タイプは、アイヌや琉球人の方が多く存在しているので、彼らを徐福が連れて行った子孫とすると説明が付かなくなります。

又、あいまいですが、大国主命が韓半島からの養子であり、それは邪馬台国と同様、高貴な血を持つ博多の奴の国に対抗するため、半島から養子を迎えたというのが中田氏の考えです。

しかし新羅の前身は辰韓。辰韓は秦の労役から逃亡してきた秦人であり、馬韓が地を分け与えて出来た国です。しかも王族は馬韓人だった国です。半島の三韓時代、馬韓も辰韓も弁韓も金印処か銅印も貰えず、王も名乗れず、陶印程度しか貰っていないような国々です。そのような前身を持つ新羅に、とても高貴な血が有る訳がありません。

中田力氏は、大上段に複雑系科学から『日本の古代史を科学する』書いたとしていますが、全てとは言いませんがトンデモ本に加えたくなるような内容です。

 

お勧め:『天皇の遺伝子』、『Y染色体からみた日本人』

 

 

後書き。
太伯、虞仲の刺青の話を読むと、こういう領主と領民の関係が続けば、支那にも封建時代の経験が残り、その後の支那の国民意識も変わったものと思われます。しかし支那では戦国時代から中央集権にしか移行しなかった。それは日本のような天皇の存在が無かったからです。封建時代があったヨーロッパでは、天皇はいなかったが、ローマ法王がいました。結局の処、支那では覇者が全てを支配する中央集権国家にならざる得なかったのです。そして、領民・領主の関係は存在せず、中央だけ見て民を食い物にする知事等の地方役人と、一方的に食い物にされる民の関係しか生まれなかったのです。


来週は用事が有るので、しばらくサボリます。
PR
【2012/07/07 19:50 】 | 文化・歴史 | 有り難いご意見(26)
武人の心得、覚悟

以前にも書いたが、東大生に『千人の人を助けると1人が犠牲になり、1人を助けると千人が犠牲になる事故が起きた、君が為政者ならどうするか』と聞くと、殆どの学生はいとも簡単に、1人を犠牲にして千人を助ける、と答えるそうである。百人対千人と設問を変えるとようやく事態の深刻さを理解すると言う。

これとまったく同じ設問を中学生の時に考え付き、『君が首相ならならどうする』と同級生に聞いて回ったことがある。中学生の時の私の解答は、『何もしてはいけない』であった。そうだろう、『首相だろうと他人の命を奪う権利など誰も持っていない。全員が死んだとしても、それは自然の摂理ではないか』と同級生に説いた記憶がある。

東大生について遺憾に思ったのは、彼等は将来人の上に立つ人間であると自他共に認めており、自負心も有るように見受けられるが、処が中学生でも考え付く設問を考えていなかったからだ。ある者は、首相、大臣、官僚、首長、上級警察官、等々になるだろう。だが、彼等が上に立つ者についての決断する勇気や、決断した後の責任について、何も考えていなかったとしても、そのような事態は必ずやってくる。

中学生だったときの私の解答は『人を助けるのに、誰かを犠牲にしなければならないのなら、何もしてはいけない』であったが、では、『何もしない人間が何故、人の上に立つのだ』、『決断する勇気も責任を取る覚悟も無い人間が、何故そのような職業につくのだ』と聞かれたら、答えられるだろうか。

軍人が身を挺して国土を守る戦闘行為は、まさに人を助ける為に何人かを犠牲にしなけれならない事態である。当然、軍隊が有る国のトップは、その決断を下す事が迫られる。戦争が無くても日本は災害の多い国である。実際日本では、何人かを助けると何人かを犠牲にしなけれならな事態が起き、誰かの決断を待っていた事が有ったのである。

その一つの例が、阪神淡路大震災の時の首相村山富市の対応である。

阪神淡路大震災では地震と同時に火災が起きたが、上水道が断水していた為、地上からの消火活動が出来なかった。空からの消火も検討されたが、水による圧力で建物が破壊され、下にいる人間にも被害が及ぶ可能性があるとの話があり、誰も決断を下さない為に火災は放置され、一日中燃えるに任せた。その為に、恐らく倒壊した家屋の中で逃げらずに焼け死んだ人間が、かなりいた筈である。(注1)

阪神淡路大震災は、まさしく誰かが決断して、何人かの犠牲を払ってでも類焼を食い止め、多くの人が焼け死ぬのを防がなければならない事態であった。しかし此の村山富市と言う男、何もしなかった。そのくせ定例勉強会等には出席しているが、その他の時間は阿房宮の火事でも眺めているかのように、一日TVを見て過ごしていたのだ。これは決断するとか、上に立つ者の覚悟以前の問題である。

又、原発事故の時に、当時経済相の海江田万里が権限が無いにも『速やかにやらなければ処分する』と消防隊員を恫喝した行為も、何人かを助ける為に何人かを犠牲にする命令であった。此の海江田万里も、恐らく消防隊員に犠牲者が出ても責任を取る覚悟等、無かったであろう。

しかし、首相であろうと大臣であろうと他人の命を奪う権利は無い。だが何もしなければ首相として又大臣としての責務が果たせぬ。ではどうすべきか。それには日本的解決法があった。

それは腹を切ることである。日本では、古来から責任を取ると言う事は腹を切ることであり、腹を切る事で失敗も許される文化があった。

封建時代、日本を訪れた西欧人は、法が厳格に守られ犯罪も少ないことに驚く。又、庶民が支配階級の武士を尊敬している事も指摘する。理由として考えられるのは、支配階級の武士が常に死の覚悟をしていた事を庶民は知っていたからと思われる。

例えば幕末、日本は国後島を訪れたロシア人艦長ゴロウニン以下8人を捕まえ捕虜としたが、その後ゴロウニン達は脱走を企てるが捕まえられる。その時奉行は、以前と変わらず晴れやかな態度で接し、『その方達が逃げおおせれば、奉行以下の数人の役人が命を捨てねばならないことを存じていたか』と尋ねる。奉行は、何時でも腹を切る覚悟の上、職務を行っていたのである。

武士達が横柄であろうと、常に死を覚悟して職務を行っていたことを知れば、その心は庶民にも伝わる。法も守るようになる。

幕末で、実際に切腹した幕府の官僚に川路聖謨がいる。川路聖謨はロシアの使節プチャーチンと交渉にあった人間である。ロシア側は彼の知性に驚かされ、彼の洒脱でユーモア精神に富んでいる人柄に魅了された。彼が切腹したのは責任を取った為ではない。しかし彼の切腹死により、彼が常に命がけで職務を行っていた事が分かった。

川路聖謨は有能な官僚であった。彼が有能であったのは知性の為だけでは無い。常に従容として腹を切れる程の勇気有ったからこそ、知性が発揮できたのである。逆に勇気が無い人間は、幾ら知性が有ったとしても能力を発揮する事はできない。臆病者は無能ともいえる。

明治以降では、切腹死した人間に乃木希典がいる。彼は切腹に先立ち正装し、十文字に割腹した後、外した軍服のシャツのボタンを締め、ズボンを上げ、軍刀で喉を突くことで絶命した。真に壮烈な最期である。

遺書には連隊旗を奪われたことを償うための死と述べられているが、この壮絶な死にざまを見れば、連隊旗を奪われた責任を追及する者はいないであろう。旅順攻撃の拙さや、多数の死傷者を出した責任を追及する者もいたが、切腹により全て帳消しになった。

乃木希典の切腹を時代錯誤とか、狂っているとか言う者がいる。これは西欧かぶれで日本文化を解せない人間か、自分が出来ない事への嫉妬した卑怯者の言葉である。

有能な人間とて失敗はあり得る。失敗を恐れては何も出来ない。日本は腹を切る事で失敗も許される文化なのである。それは自分の死を克服する勇気を持つ人間こそ、大事をなし得ることが分かっていたからである。


千人の人を助けると1人が犠牲になり、1人を助けると千人が犠牲になる事故が起きた、君が為政者ならどうしますか。


後書き
切腹はグロテスクである。しかし昔の武士は死を克服する以上の勇気を示すため、切腹を選んだ。明治以降、軍人以外で切腹する者はいなくなった。それと同時に政治家や役人で死を意識してまで職務を行おうとする精神も薄れていった。政治家や役人の価値観から勇気が失われていった。

政治家や役人が、命をかけて職務を行わなくなってきたのだ。当然勇気の無い人間は自己犠牲等しない。勇気が無い人間は、全てが無い人間なのだ。もう肩書きだけの人間に騙されるべきではないだろう。

人の上に立つ人間の選択基準は、まず勇敢であることを一番に上げるべきである。当然な事ながら、もし運悪く自分が人の上に立つ立場になったら、やはり腹を切る覚悟でその職務をまっとうしなければならないだろう。それが日本の伝統なのだ。


 


ヘリコプターCH47
 

注1、森林火災では空中から消火するのが普通である。地上に消火活動をする人間がいても実施されている。『森林火災で使用されているヘリコプターCH47が3機あれば、阪神淡路大震災の火災を1%に激減できた』との報告もある。


 

【2012/03/24 20:08 】 | 文化・歴史 | 有り難いご意見(7)
Y遺伝子から見る侵略の跡
人間は何故、集団を作り国を作ったのか。漫然と遺伝子の分布を見ても分からない。国境などないではないかと見えてしまう。それでも人間は国家を作り、国境を作った。

下に掲げた地図は、父から息子へと、男性のみに受け継がれるY遺伝子(Y-DNA)の、東アジアにおける分布図である。

これを見ると、東アジアではC、D、O、Nタイプだけが大半を占めていることが分かる。地図には、各DNAタイプをさらに分けたのを色分けしている。


Y-DNAはAからRまで存在するが、枝分かれしたグループで分けると、人類発祥の地のアフリカに存在するAとB以外では、Cグループ、DEグループ、F~Rグループに分けられる。

日本に注目すると、日本はこのCグループ、DEグループ、F~Rグループの全てが存在する。この3グループ全てを含む地域は日本以外ないと言われている。

地図を見れば分かるように、日本列島には、C1(紺)、C3(空)、D2(緑2)、O2b(橙)、O3(黄)、N(紫)のタイプがいることが分かる。この内のD2タイプは日本にしかいないタイプである。日本が特殊だと言われているのは、この世界でも稀なD2タイプが30~40%存在している事である。

日本列島各地のD2タイプに注目すると、アイヌや沖縄県に多く見られ、九州地方が少ないことに気が付く。D2タイプは縄文人のタイプと言われれている。従って、D2タイプがアイヌや沖縄県に多く見られ、九州地方の%が少ないのは、弥生の頃に大陸や半島の交流が有った歴史と一致する。そしてD2タイプが日本人が日本人とならしめている骨格をなしているタイプだと言う事が分かる。

日本でD2の次に多いのが02bタイプであり、その次に多いのがO3タイプである。この内、O2bタイプは、長江地域から戦乱から逃れて来た人々であると思われており、朝鮮半島にも多く、タイやベトナムでも若干存在する事が分かる。

又O3タイプは漢民族のタイプと言われており、古代日本の朝鮮半島進出や百済滅亡等により流入して来た人間だと思われる。

C1タイプも日本周辺には存在せず、四国や青森の辺粋に多く、しかも青森止まりであることから、南周りで来た古い人間達であると思われる。

C3タイプは、北方アジアに見られるタイプであり、モンゴル人や満州人に多く見られ、百済の支配層であった扶余人も同じタイプと思われる為、百済滅亡のおり流入して来たのではないかと思われる。但し、アイヌ人に見られるC3タイプは、樺太や沿海州との交流によるものである。

その他、ブリヤート人やエンベンキ人、又カムチャッカや北東シベリアに住むコリャーク人やチュクチ人に良く見られるNタイプが、朝鮮半島や満州に存在せず、日本列島に存在するのは不思議である。

日本人は単一民族と言われるが、周辺国と比べれば、人種の坩堝であり、多民族国家と言うべきであろう。それが単一民族と言われるようになったのは、民族同士同和したからに他ならない。

それでは大陸に目を転じよう。まず大陸で目に付くのは北方アジア以外、O1(赤)、O2a(橙1)、O2b(橙2)、O3(黄)と殆どOタイプばかりである。Oタイプは支那大陸で分岐したから当然と言えるが、華北はO3タイプに殆ど占められO2aもO2bは、周辺に追いやられているように見える。特にO2bは、日本、朝鮮半島、インドシナに見えるだけで支那には見当たらない。

O3タイプは現在の支那人の主流を成す漢民族のタイプと言われており、O2a、O2bタイプは長江人の子孫のタイプと言われている。長江文明は、黄河流域にいた牧畜民による執拗な攻撃により滅んだとされている。

そしてその牧畜民こそ、現在の支那人の主流を成す漢民族であり、O3タイプの遺伝子を持つ人間達である。

その歴史の通り、長江文明が滅んだとき、長江人は各地に逃げたと思われ、それが現在日本や朝鮮、タイ、ベトナム等のO2aやO2bタイプのように、周辺の方に分布しているのである。これを見ると、タイはO2aとO2bの人間だけでだけで成り立っており、タイは逃げてきた長江人が作った国といえるかも知れない。

それよりも気が付くのは、アジア各地に見えるO3タイプの多さである。そのくせ漢民族の本拠地である華北では殆どがO3ばかりである。5000年の歴史を誇り、多民族国家といわれながらである。これを見れば、侵略的で且つ排他的な現在の支那人の性格が想像出来るというものである。

さらに古代では、日本人に多いDタイプが大陸に散らばっていたと言われる。しかし現在、Dタイプは山岳地帯や奥地にしか見られない。その奥地にもO3タイプは、しっかり侵食している。

現在チベットには、その希少のDタイプのD1とD3が半数以上いる。それは、チベットが漢民族にとって値打ちが無い土地の枯れた山岳だからである。しかし近年チベットに資源が見つかった。そして漢民族はやってきた。

チベットでは現在、漢民族の大規模な移住が行われ、彼等の手でチベット人の虐殺が行われている。おそらくチベットでは、Dタイプの人間は早晩駆逐され、O3タイプの人間が優勢になるだろう。

各Y遺伝子の分布は、只の人間の移動の結果と見えるかも知れない。しかしこうして見ると、その分布は、一つの民族による、もう一つの民族への強姦やホローコーストの結果だったとも言える。それは、南米のY遺伝子の分布が、僅かしかいなかった白人男性の遺伝子が、優勢になっていることでも説明が出来る。

ラルフ・タウンゼントは支那人の特異性と残虐性を言った。それは現在のチベットやウィグルを見れば今も変わりが無いことが分かる。恐らく大陸では5000年来このような事の繰り返しだったのであろう。

人間は何故国家を作るのか。それは支那人のように、他民族を襲う習性を持つ集団から結束して守る為である。チベットは国家体制不備と油断の為に、国民を守ることが出来なかった。確かに国家が無ければ戦争は起きないだろう。だがそこで起きるのは、虐殺や強姦なのだ。


中国武装警察によるチベット人弾圧

ウイグルでの中国人による人間狩り
 
 

この地図のO3タイプの分布により、支那人の排他的で侵略的な性格も分かったと思う。それに対して、日本人は排他的処か包容的な民族であることも分かったと思う。日本の古いタイプも新しいタイプも共存している多様性は、来た者を受け入れる包容力と協調性が、太古の日本文明に存在していたからである。

しかし日本人の包容力にも限度がある。既に支那人も朝鮮人も充分受け入れた。これ以上排他的で協調性の無い支那人や朝鮮人を入れると、日本文明の特徴の一つである協調性が日本人から無くなるだろう。


この動画は、残虐なシーンが有りますので自己責任で見てください。
Stand Up For Tibet Save Tibetan Lives


2013/08/02 、図を修正した。 本図の地域毎のY-DNAの割合は、ウィキペディアの日本人のデータによるもので有るが、「空欄は資料なしで、必ずしも0%ではない」と書かれているので、空欄部を灰色で示した。又、各遺伝子型の総和が100を超える地域については、各数値を総和に対する比とした。

【2012/02/18 19:21 】 | 文化・歴史 | 有り難いご意見(29)
誰が敵か
勿論、反日を国是としている支那・朝鮮は日本の恒久的な敵である。恒久的と言わないまでも、北方領土に居座るロシアも敵であることは間違い無い。

国内に有っては、日本の敵は在日朝鮮人と在日朝鮮人と同じ気持ちを持つ反日左翼、それに盲従する日本人である。しかしTPP問題を見ると本人の気持ちはどうあれ、アメリカの事なら無条件で信用する日本人が居る。

下記は、TPPに先立つ2006年6月。アメリカ政府が日本政府に要望した文章である。

『米国政府は、少子高齢化社会に進む日本において、今後、教育および医療サービス分野が重要であり、米国企業がこれらの分野において質の高いサービスを提供できるとして、これらの分野にかかる対日直接投資環境を改善するように要請した』

現在TPPで問題になっている医療サービス分野は、既にアメリカが狙っていた分野であった。そしてアメリカは、以前から教育も儲かる市場として日本を狙っていたのだ。

アメリカの要求は、自国の利益の為のしたたかな戦略とだけ見るべきでは無い。日本人の牙を抜き、自分達の都合の良い思想を植え付け 逆らえないように躾けるという、遠大な計画に基づいていると見たほうが良い。。その為には日本の文化を変えることなど厭わない。日本人の価値観を変え、元戻れない処に追い込み、永遠に奴隷民族とするつもりだと見るべきである。

だから、アメリカは日本の文化習慣を壊すことに熱心である。

『何故、ロシア人はアメリカ人や支那人と違って、神道に対する敵意を感じず、強い関心を持っているのか』。これはロシアにおける日本文化の本を書いたロシア人の言葉である。ロシア人もアメリカ人が日本の固有文化に敵意を持っている事を感じている。

大店法はアメリカの要求により無くなった。それにより商店街は消え、近所の付き合いも消え、地域の絆も無くなった。なにより消えたのは、個人が自分の才覚で商いを行う起業の精神である。生まれたのは、一億総サラリーマン。命令を待って忠実に実行する人間だけ。一億総奴隷化ではないか。

アメリカが要求した土地税制の見直しは、農地の保有税が宅地の80分の1であることを見直せと言うもので有った。確かに、アメリカの要求は、日本でも是正しなければならない問題も有った。しかし、これ等の問題は外国の要求で改革するべき問題では無い。日本人の共通認識も整なわず、なし崩し的に改革されているため、近郊の農地は虫食い状態になり、大規模農地さえ宅地や倉庫・工場に侵食されつつあり、農業の荒廃に拍車をかけている。一所懸命と言う言葉も死語になる日が近い。

敵は、相手の傷を見つけ攻撃をしてくるのだ。

アメリカはヤクザさえも問題にした。ヤクザをギャングとして取り締まれと言ってきたのは、アメリカで有った。結果任侠道のヤクザは消え、朝鮮人に乗っ取られた暴力団が生まれた。アメリカがヤクザを潰したかったのは容易に想像が出来る。終戦直後、朝鮮進駐軍の暴虐に果然と立ち上がったのがヤクザだったからであろう。彼等には、ヤクザが日本に残る牙に見えた。

アメリカは、過去市場の仲買人制度も問題にした。日本の商習慣全てが目障りのようである。恐らく日本語も閉鎖性の原因だとして、改革を要求してくるだろう。うん?、もう始まっている。初等教育での英語教育がそれである。ご主人様の言葉を理解出来ない奴隷は使い物にならないのだ。

東大の秋入学も、アメリカ企業の教育市場参入の為の地均しと思える。日本の左翼は敗戦利得者、元々GHQの犬であった。彼等は支那・朝鮮の為だけで働く訳では無い。元のご主人の意向にも忠実である。そして大学はGHQの犬だった左翼の巣窟である。

左翼はネットワークを持っている。学術団体などが代々左翼によって占められるのは、そのネットワークのおかげである。ソ連崩壊後、誰が共産主義を信じると言うのか。誰も共産主義など信じていない。それでも日本の左翼はしぶとく生き残っている。しぶとく生き残っている処ではない。今度はアメリカと手を結んでいる。否、反戦反米と言いながら元々手を結んでいたのだ。

フーバー元大統領が狂気の男と言うルーズベルトの遺言は、形を変えた人種改良論として今も生きている。日本人はアメリカも敵である事を認識をしないと、対応を誤ることになるだろう。アメリカが捏造された従軍慰安婦問題で朝鮮人に加担している事は、日本の敵である事の証明である。アメリカ自身、あからさまにシグナルを出しているでは無いか。それが分からない日本人は、鈍いだけである。

支那・朝鮮も敵であるならアメリカも敵である事が分かった筈である。従って国内にいる敵も、在日朝鮮人と反日左翼、そしてアメリカの犬に成り下がった日本人も勿論であるが、此処に至ってはどちら敵であろうと、無批判に敵に盲従するお花畑日本人も敵とせざる得ない。


能:今は無き日本と言う国に有った舞台芸術。話す人間がいなくなった日本語と共に演ずる人もいなくなり能も無くなった。
 

【2012/01/22 19:58 】 | 文化・歴史 | 有り難いご意見(15) | トラックバック(0)
東大=日本解体の拠点
2012/01/15のエントリー『東大=馬鹿の生産拠点』の中の「東大大学院は全て授業が英語だそうである」の箇所は間違いでした。正しくは「英語コース」が開設されるとの事ようです。でも目的は留学生の為です。

然しながら記事に間違いが有ったとしても、やはり批判の言葉しか思い浮かばない。強いて言えば『『東大=日本解体の拠点』。

例えば、東大大学院情報理工学系研究科の「情報分野における教育の国際化」をテーマにした講演とパネルディスカッションを紹介したページでは、『カーネギーメロン大学のブライアント先生は、「米国では50%か、それ以上が留学生だが、情報理工の留学生30%は、悪い数字ではない」と評価し、それよりも多くなると、日本の教育機関としての役割が薄れると指摘している』記事を載せている。

処が、現在東大大学院生の7割が外国人である。ブライアント氏が言った日本の教育機関としての役割が薄れるとした3割を遥かに超える。それでも東大は、さらに留学生を受け入れたいようである。

そして今度は大学も秋入学である。国際的な大学間競争に対応する為と言うが、ホテルの客引き競争でも有るまいに、何故大学間競争に参加する必要が有るのだろうか。前にも述べたように、東京大学は国民の税金で賄われている大学ではないか、留学生が増えれば増える程国民の負担が増えるだけではないか。

日本人が得になる事は何処にあるのか。何も無い。東大に入学する日本人は、高校卒業後6ヶ月間遊んでいなければならないのだ。何故日本人の利便を無視してまで留学生を入れなければならないのか。

東大大学院でも日本人学生が大学院に行かないのは、学ぶべきものが無いからではないのか。例えば、某国立大学では支那人の軍人を留学させても、自衛官は研修生として入学させないようである。それは東大ではないのか。

このようなダブルスタンダードを疑問に思わない教授連中が、まともな研究が出来ると思えない。まともな教育が出来るとも思えない。日本人学生が大学院に進まないのは、名声に引かれ東大に入ったが、教授連中の頭の程度が分かったからではないのか。

大学では研究費の配分がしばしば問題になる。東大でも立派な成果を上げている研究室も有る。本来はそのような処に重点的に研究費を振り分けるべきであるが、結果は平均化されて分配される。今度は留学生で水増しされた研究室のおかげで、もっと酷くなるだろう。

此の度の東大の秋入学や、留学生受け入れを後押している団体には、TPP推進や尖閣諸島が日本の領土でないような発言をした会長米倉弘昌が率いる経団連が有る。東大の秋入学は、大学教育の国際化と言う名の、日本解体の布石の一つだろう。

東大は仕分けすべきである。日本人学生の少ない科からまず仕分け。



西郷隆盛、大久保利通、山本権兵衛、大山巌、東郷平八郎、黒木為禎。
この人達は、東大なんか行っていなかったですよね。しかも鹿児島の一つの町の出身者。中には世界的に有名な人もいます。この人達と比較して見て下さい。何が違うのか。教育は重要ですよね。

 
【2012/01/20 20:49 】 | 文化・歴史 | 有り難いご意見(5) | トラックバック(0)
<<前ページ | ホーム | 次ページ>>