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崗上虜囚の備忘録

日本よ!。私の日本への思いです。 コメントに返事を書かないこともあります。悪しからず。 コメントの投稿は日本人だけにしてください。 日本人でない場合は、国籍を書いてください。 注、google chromeで閲覧出来ませんので、filefoxかinternet explorerで閲覧してください

京大学長と東大総長を解任せよ

京都大学と東京大学は、「軍事研究をしない」と公式サイトで発表した。
ネットでは早速、インターネットもGPSも軍事研究から生まれた技術、それを利用していながら「軍事研究をしない」とは、矛盾していないのか?と言われている。
 
京都大学学長は山極寿一、第24期日本学術会議の会長も山極寿一である。従って日本学術会議が「軍事研究をしない」と発表したのも彼の力によるものである。何故なら第23期の会長大西隆は「大学などの研究者が、自衛の目的にかなう基礎的な研究開発することは許容されるべきだ」の考えだったからである。
 
おそらく山極寿一学長はWGIPで思考力を失わされたの洗脳された者なのだろうと推測した処、やはりそのようである。それは下の、憲法改正に強い危機感を持つ直木賞作家の中島京子と山極寿一の対談に現れている。
 
中島京子の「ところで政治家はよく『必要な戦争がある』という言い方をしますが、攻撃性は人間が本能として持っているものなんでしょうか」の質問に対して、山極は「違うと思います。オバマ大統領が人類は古い時代から戦争と共にあり、戦争は平和をもたらす上で有効な手段となりうる、といった発言をしましたが、それは間違いです。何故かというと、人類が武器を持って同種を殺した歴史はたかだか一万年しかない」
 
と言っている処がある。山極寿一は「武器を持って同種を殺した歴史はたかだか一万年しかない」と言うが、自動車の歴史はニ百数十年、飛行機の歴史は百数十年しかない。だからと言って、仮に自動車や飛行機の存在が問題になったとしても、歴史が理由になる事は無い筈である。
 
集団が武器を持って闘う様を表したにすぎない『戦争』と言う言葉を聞くと、すかさず『反対』と答えるように条件付けされたのがWGIPで洗脳された典型的な人間(書くのがめんどくさいから、以降9条信者とする)であり、中島京子はそのまんまであるが山極寿一も同様、上記の思考力欠如の考え方を見れば、洗脳された人間の一人であろう。勿論それは学者としての欠陥である。
 
そして、こんなのも有った。
 
山極教授は研究者として教育者として、学生や京大職員からの評価が高いらしい。それならば総長に適任だと考えられるのに、「山極教授に投票しないで」と書かれたビラで京大中の掲示板が埋め尽くされてしまった。なぜかといえば、山極教授はニホンザルやゴリラの研究に40年以上取り組んできた「霊長類研究の宝」であり、総長になって研究職を退いてしまったら世界の霊長類学、ひいては京大にとって大きな損失になる、という理由からなのだという。だから総長にはならずにずっと研究に打ち込んでもらいたいし自分たちを指導し続けてもらいたいのだそうだ。
 
と美談のように報道されているが、ビラが掲示板を埋め尽くす等、何やら信者が動員されたみたいで不気味な話である。「類は類を呼び友は友を呼ぶ」ように、山極寿一学長始めとする9条信者達が、京都大学を席巻しているようにしか見えない。熱狂的信者程、活動も熱心だからである。
 
又、核研究で総連系から奨励金受け取る京大准教授が居たが、京都大学は何の措置もしない。やったことは産経新聞の取材に当面応じないよう准教授に伝えただけである。このようにダブルスタンダードなのも熱狂的信者の特徴である。
 
それにしても、若しBC兵器から国民や自衛隊員の命を守る研究の要望が来たらどうするのだろう。事実ロシアが使用した神経ガスは、解毒剤も中和剤もない。暗殺にVXガスを使用した北朝鮮が、同様な神経ガスを開発していないと言う保証も無い。又それらが日本で使われない保障もない。
 
従って現在の日本程そのような研究が必要な国はないのである。地下鉄サリン事件で自衛隊が出動したように、当然それは国防の範疇であり軍事研究である。
 
勿論、その研究をやるかやらないかは個々の研究者の勝手であるが、研究者によっては自分の研究の方向と有っていれば、是非やりたいと言う研究者が出てきても可笑しくはない。だがそのような事態になった時、恐らく山極寿一学長は強権を持って研究をさせないのだろう。?、でもそれはなんの権限で?。
 
結局のところ「軍事研究をしない」は山極寿一学長の趣向なのである。従って山極寿一学長は京都大学を私物化したのである。若し強権を発動した場合、職権乱用になるだろう。当然、大学を私物化し職権乱用することは解任理由にあたり、東京大学総長も同様な状態である。
 
だが、そんな事より大問題は、日本の学問の世界が暗黒時代に入る事である。洗脳されるとは、色眼鏡を掛けることである。否、色眼鏡が無いと物が見えないと思い込む人間が洗脳された人間とも言える。当然そのような人間は一つの色しか見えないだろうし視野も狭くなる。学者としては欠陥である。学問はあらゆる角度から物を見る事が求めるられるのに、日本の大学が色眼鏡を掛けた人間ばかりなるのである。
 
現在、日本のノーベル賞は過去の遺産によるものと言われている。中山教授が金策に走り回りっている事で分かるように、国の研究投資費が少ないのである。そこに日本の大学が9条信者のような者ばかりになったら、ノーベル賞等は絶望的になるだろう。
 
文中敬称略。
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書評:リベラルに支配されたアメリカの末路

今日の記事は「リベラルに支配されたアメリカの末路」ジェイソン・モーガン著、ワニブックス)の書評である。ジェイソン・モーガンの本は「アメリカは何故日本を見下すのか」に続いて2冊目であるが、この本に注目したのはアメリカの共産主義者の動きと、現在のアメリカがどのようになっているかを知りたかったからである。
   
 
前々回の記事「NHKの洗脳番組」もアメリカを含む世界の現在の共産主義者がどのような考えを持っているかの一端が出ていたので先に紹介した。
 
違う点は、NHKの『欲望の経済史2018』『欲望の資本主義』の中では共産主義者は依然資本主義をターゲットにしていたが、この『リベラルに支配されたアメリカの末路』では、「昔の共産主義者は資本主義を敵対視し、直接攻撃しようとしていたが、最近の反社会分子(つまりアメリカの教授のほぼ全員)は共産主義の原点まで遡って、マルクスとエンゲルスを紐ときながら改めて社会攻撃の仕方を学び直している」と、共産主義者が別のターゲットに的を絞って活動している事を紹介している処である。そのターゲットとは「家族」である。『ジェンダーという破壊兵器』も現在の共産主義者の武器である。
 
モーガン氏は日本史を研究する過程で、本当のアメリカを知り、偽りのアメリカであるリベラル派の行動を知ったとあるので、彼が至った結論は馬渕睦夫氏や水島総氏等の現在の日本の保守とかなり近い。例えばトランプ政権が誕生するまではリベラル派がアメリカを支配しているとか、ロシアを悪に見立てることにしたリベラル派とかや、従軍慰安婦等の問題についても殆ど同じ認識である。
 
と言っても引っ掛かる処があった。それはモーガン氏が国家主義を批判している処である。例えば『国家主義が完治していない日本』のタイトルの項では天皇機関説を唱えた美濃部達吉を国家主義者で極悪人としており、『明治維新は「復古」か「刷新」か』の項では、明治維新を遂行した者を君主主義者ではなく、国家主義者と断じているのである。
 
敢えて反論するが、共産主義者が天皇の存在を肯定すると機関説にせざる得ないのである。元日本共産党のNo.4であった筆坂秀世氏によると日本共産党は天皇の存在に否定的ではないそうである。そうなると常に建前を言わなければならない共産主義者としては、つじつまを合わせる理論を言わなければならないのである。つまり天皇機関説は、天皇を残したいが、さりとて共産主義思想にはそぐわないと思っている共産主義者が、つじつま合わせの為に考えた理論と言うことになるのではないか。
 
又、明治維新を遂行した者を君主主義者ではなく、国家主義者と非難するのも同じである。武士が率先して身分制度を止め、福沢諭吉が「天は人の上に人を作らず」と言った事を、当時の日本人がすんなり受け入れたのは、少なくても幕末時点の日本人は人が平等である事が常識だったからである。当然天皇についても同じである。その明治天皇が神に近い形で祭り上げられたのは、それは日本の祭りと同じ、または仏具屋の宣伝文と同じく「心は形を求め、形は心を進める」を実践したにすぎない。
 
そもそも明治維新は黒船来航により、日本が殖民地になる危機を感じた者達が、日本を富国強兵な体制にするため起こした革命であって、共産革命と違って何々主義に染まった者による革命では無いし、国家主義とか君主主義の論争の末できたのでは無い。彼等が唱えた『王制復古』にしたって、只の看板である。それが看板であるのは、彼等が最初に唱えた『尊王攘夷』も、後で『尊皇開国』変更したのを見れば分る筈である。
 
国家がある限り、有る時は全体主義的に、有る時は独裁主義的にせざる得ない時もある。それは周辺の事情によるものである。第一、国家の概念もない縄文の日本列島に国家が成立したのは、日本列島周辺が穏やかでなくなり、他民族に支配される危機が迫っていたからである。幕末の日本も同じであった。そして明治維新により日本は戦時体制になったのである。
 
それより、国家主義という言葉は、恐らく共産主義者が特定な国家を否定的に言うために作った造語ではないだろうか。つまり左翼お得意のレッテル貼りである。残念ながらモーガン氏は「イデオロギーは体を蝕む毒薬である」と言っていながらレッテルに嵌り、架空の日本の国家主義を否定して、架空の日本に理想を抱いているのである。
 
もっとも、モーガン氏が国家主義に懸念を抱く理由がある。実は「政府を信じろ」と言うのがアメリカのリベラルだそうである。アメリカの主要機関であるFBI、CIA、NSA、国防総省、歳入庁などがリベラル派に握られていればそうなるだろう。リベラルに支配されたアメリカは共産国ソ連に近いのかも知れない。
 
以上引っ掛かる点はあるが、アメリカ人の悲鳴が聞こえてくる本であった。「アメリカの左翼から見れば、リベラルは右翼と同じ」と言う話は初耳であった。そして本の前書きには、「日本にもお願いしたい。 リベラル派を馬の上から引きずり下ろして、本当のアメリカと組もうと」とあるので、日本人としては、その答えを準備する必要があるだろう。
 
モーガン氏にはこれからも頑張って欲しいが、一つ言いたいのは「折角日本に居るのだから、是非禅をやって欲しい」と言う事である。と言っても座禅を薦めている訳ではない(下手に永平寺などに参禅して馬鹿坊主に師事したりすると、それこそリベラル地獄に嵌ってしまうだろう)。
 
禅の古典『碧巌録』に『至道無難唯嫌揀択』と言う言葉がある。直訳すれば、「道に至るのは難しくは無い、ただ揀択をしないことである」で、『揀』も『択』も選ぶの意味なので、意味は「言句に囚われて執着して選り好みしなければ、悟るのは簡単」ということになるだろう。と言う事で、モーガン氏には、禅の古典にでも接し、是非悟って欲しいのである。
 
近代政治に興味を持った歴史学者と禅。奇妙な取り合わせかと思うかも知れないが、左翼から右翼の総本山と思われている『日本会議』の発起人は円覚寺貫主・朝比奈宗源だったのである。この事は最近知って驚いた。朝比奈宗源、私にとって懐かしい名前である。20代の前半、『碧巌録』、『無門関』に続いて読んだ3冊目が朝比奈宗源が訳した『臨在録』で有った。宗源禅師の訳も素晴らしかったし、当然片目は開いている筈である。そうなれば確かに悟った者の言動は変幻自在・融通無碍、何でも有りの世界である。恐らく宗源禅師は共産主義者の奏でる音痴の音曲が気に入らなかったのだろう。
 
私も街宣活動をやっているが、何も天皇教を日本国民に強要しようと活動をしている訳ではない。共産主義やカルト宗教が蔓延して、人々の自由な心が奪われた世界を見たくないからである。従って共産主義のカルト宗教活動が治まれば、我々の街宣活動も収束する。これは何故保守活動が活発でないのか、保守活動の動員数が少ないのかを、同じ理由で説明出来るだろう。保守活動はアンチカルト活動なので消極的なのである。
 
話をモーガン氏に戻すと、共産主義は人から自由を奪うカルト宗教であるが、それは共産主義者自身が自らを束縛しているからである。モーガン氏が本当のアメリカを取り戻したいと思っているなら、まず自らが自由になるべきではないか。それには悟る、即ち禅に接して解脱することが手っ取りはやい。
 

この中で(51:30/1:21:19)川口ロマーン恵美氏が「ドイツが他の意見を入れないような息苦しい時代になっているような気が此処2~3年特にしてた」、「平等とか人権ばかり強くなって自由が無くなっている」と言っているが、この懸念はジェイソン・モーガン氏と同じ懸念である。

杉尾議員は放送事業者とお友達

森友学園問題も加計学園問題も、学園理事長が首相のお友達だから担当役人が忖度したのだろう、との話から始まった。確かに加計学園の理事長は首相のお友達だったが、加計学園問題は文科省のサボタージュによるものであった。この問題は既に収束しているが、むしろ問題の本質であるサボタージュの理由が、文科省による獣医学会とその関係する政治家への忖度ではないかの疑いが出てきているのだ。
 
では森友学園問題に関してはどうかと言うと、その後の籠池理事長の行動を見ると、首相が秋葉原で都議選の応援演説をするときに理事長夫婦共々反安倍であるTBSに付き添われて登場し、夫人が「安倍の人殺し!あいつが全部悪いんだ」と叫んだり、息子が国会前で共謀罪反対デモに参加したりと、籠池理事長は首相のお友達どころか反安倍側だったのである。
 
そこで森友学園問題を、あくまで役人の首相への忖度にしたい勢力は、今度は昭恵夫人に焦点を合わせ、近畿財務局が夫人に忖度して、不当に高いゴミ撤去費用を算出して土地の安く売ったのだろうと言出だしたが、ゴミ撤去費用を算出したのは大阪航空局であった。近畿財務局は森友学園側の藤原工業が算出した9億6千万円を蹴って大阪航空局に算出してもらったのだ。当然そんなことを昭恵夫人が知るはずもない。
 
尤も、ゴミ撤去費用を大阪航空局が算出した話は1年前から分っていた話である。従って、森友学園問題は籠池理事長の詐欺の話と、そこから派生した財務省の改竄問題だけになって終わるだろう(大阪航空局によるゴミ撤去費用算出が妥当だったかの問題は残るかも、それより辻元清美と連帯ユニオン関西生コン支部の問題の方がメインかな)。
 
でも此処で言いたいのは森友学園問題ではない。マスコミや野党が、権力を持つ者の「お友達」と「忖度」を如何に問題にしていたかである。彼等に取って「お友達」と「忖度」は、それ程大きな問題だったのである。
 
【杉尾秀哉議員は放送事業者のお友達、なので忖度しました
そこに現れたのが、首相が目指す放送事業見直しをすることに対しての杉尾秀哉議員による国会での発言である。
 
「首相は一部のテレビ局や放送内容に不満を持っているのではないか」と指摘し、放送法4条の撤廃について「4条は放送局にとって政治や公権力の介入を許す口実にもなりうるが、介入から放送の自立性を守る盾にもなる。撤廃されると偏向報道を助長しかねない」と言ったのである。つまり既得権者であるTV放送事業者が損になる放送事業見直しを牽制したのである。
 
Wikによると、杉尾議員は元TBSテレビ報道局記者、解説委員とある。言わばTBSの友達である。否、只のお友達どころか「ひるおび!・第2部(2017年3月23日、ゲスト出演」、「BSフジLIVE プライムニュース(BSフジ、2017年3月24日、ゲスト出演)」とあるので、権力、即ち絶大なる宣伝力持つTV放送事業者に利益供与を受けている政治家ではないか。
 
現在、15秒間放映するテレビのCM料金は、8万~15万×視聴率、だそうである。仮に『ひるおび』の視聴率が7%として『ひるおび』で30秒間発言すると、112万~210万円程のCM放送をしたことになる。
 
国会議員の中にはTVに出て発言したい者もいるだろう。下手なチラシやポスターなどより絶大な宣伝効果があるからである。しかし殆どの国会議員は出れない。ところが杉尾議員はTVに良く出ることが出来、100万円以上の宣伝をただで行えるのである。勿論そんな事が出来るのは、杉尾議員がTV関係者の友達だからである。否々、只のお友達ではない。お友達(TV放送事業者)に忖度して「放送事業見直し」を潰すために一生懸命働くような関係だからである。
杉尾秀哉とTV放送事業者はお友達、お互いの利益を補完するウィンウィンの関係・・、じゃないだいろう。受託収賄罪と贈賄罪の関係ではないか。

NHKの洗脳番組

またNHKの洗脳番組か。別に見る気がなかったのだが、NHKの『欲望の経済史2018』『欲望の資本主義』を見てしまった。
 
「世界で最も豊かな8人の資産と、世界の人口の半分に当たる36億人の資産が同じだ」のナレーションが出て、利潤が利潤を生む資本主義の話からはじまり『利子』の歴史の話も出てきた。「古代、どの宗教も利子は禁止されていた。ユダヤ教だけが例外で「異邦人には利子を付けて貸し付けてもよい。ただし、あなたの兄弟に貸すときには利子を取ってはならない」と有ったので、「!?」、ひょとして、ついにNHKも貨幣経済のインチキを暴く気になったのかなと思って、飛ばし飛ばしだが最後まで見てしまったが、やはり洗脳動画であった。こんなのを見る時間が有ったら他の事をやった方が良いと想うのでお薦めしない。
 
但しNHKがTVを使って、国民をどのように洗脳するかの手法を知る為になら良いかも知れない(それも時間の無駄だと思うけど)。尤も手法と言ったって、センセーショナルな画像が出て、こじ付け理論を言う人間が出てきて、何も考えない人を別の方向いざなってしまうという、いつものやり方だ。
 
  
  【欲望の経済史2018 ルールが変わる時 全話】
  
  【欲望の資本主義2018 闇の力が目覚める時】
NHKにしては著作権を理由に消していないと思ったら、共産主義の洗脳番組だからだろう。カルト信者が信者を増やすための勧誘活動のそれである。
 
あまり熱心に見た訳ではないので明後日の批評になっているかも知れないが、内容は資本主義を金と欲望を結びつけて説明する動画である。勿論、欲望が悪い意味で使われている。そうしてマルクス礼賛の方向にいざなっている。つまり動画の趣旨は、資本主義の付く先では欲望(悪)の追求の行く付く先であり、マルクスはそれを見通し、そこから逃れるのはマルクス主義だと言いたいのだろう。なので動画の中では、共産国は崩壊したがマルクスの予測は正しく、マルクスは否定されていないと言っていた(実態に合わず、空理空論で馬鹿々しかったので忘れられただけなのだが)。
 
利子が有ることが元になっている資本主義、それに反するマルクス主義、どちらに行ってもユダヤ人が作った彼等の価値観から出来たシステムではないか。そう、資本主義が行きつく先=グローバル主義、資本主義を止めて行く先がマルクス主義=グローバル主義と、行き先は同じなのだ。まあ動画を見て、「グローバル主義反対」なんてデモを後押ししているのはグローバル主義者だった事を知ったのは良かったかな。NHKの中に、未だマルクス主義者がいるのを知ったのも良かったかな。でも知っていたけど。
 
 
動画には西欧の哲学者、思想家等が出てくるが、何れも稚拙(注)である。彼等は頭も良いし考え深い人間なのかも知れないが、感心してはいけない。彼等は何かを別の言葉で置き換えて悦にいっているだけである。新たな言葉を作り、それを悪いものだと定義し、そして既存の物に当てはめて批判する。彼等お得意のレッテル貼りがそれである。ここでは、彼等は経済・資本主義経済の原動力は欲望に置きかえることで説明出来、そして批判したいのだろうが、それなら自己犠牲だって、施しをすることだって、自殺することだって欲望によるものと言えるではないか。マルクス思想の発露も欲望だろう。
 
結局、彼等は何も説明していないのだ。彼等が言いたい資本主義や経済を『欲望』と言う言葉で説明するとなると、『欲望』を『良い欲望』と『悪い欲望』と分けなくてはならない。それには『欲望』に善悪の価値観をつけなくてはならない事になる。実際、これに限らず彼等も含めて西欧人の思想と言うものは、彼等の価値観を修飾した言葉なのだ。この動画では、彼等が如何に多言を要しても、言いたいことは彼等が利する世界へのマルクス礼賛なのである。
 
動画にあるように、確かに貨幣の上に成り立っている資本主義経済は矛盾に満ちている。それは利子があるからだ。無いと経済が成り立たたず、誰かが借りないと世に現れない貨幣を、借りると利子分返さなければならないのだ。そうなれば倹約しようと浪費しようとバブルと破裂は不可避である。そこで将来、日本が貨幣経済を抜け出し、仮に共産主義的な方向に行ったとしても、西欧の思想を受け入れるのだけは止めたほうが良い。日本人が彼等の得になる価値観で縛られ、日本人の自由を失うだけだ。
 
注、至道無難唯嫌揀択 (後のエントリーで説明するかも)

Fー35など買うな!防衛費を増額しろ!

【防衛費を増額する意義】
支那の脅威が言われながら日本の防衛費は依然1%未満である。この数字を見る限り、安倍政権は国防に関心がないようである。では1%超えれば評価されるかと言えば、それも無い。少なくても防衛費を3%近くにしないと、この政権は国防に無関心と言われても仕方が無いだろう。
 
そう言うと「何処にそんな金があるのだ」とか「金が無いから何も出来ないのではないか」と言う御仁が現れて来るが、それは「誰かが借金をしないと、お金は世の中に出て来ない」ことが分っていないのからである。そして借金とは投資のことである。
 
現在の日本のデフレギャップは20兆円程有るようであるが、誰かが借金をしないとこの金は世に出て来ない。と言う事は、現在の日本は金が無いどころか、投資先を待ちわびた金が20兆円も有るのである。そして国防は切迫した需要であり、また長期の保険でもあるが、過去の事例を見て分るように投資でもあるのだ。
 
では国防が投資で有った事例を見てみよう。否、そんな事を聞かなくても、GPS、インターネット、ICなどが軍事技術から生まれた事は知っていると言うかも知れない。だが無駄な戦争と思われている戦前の日本の軍事費、即ち戦前の日本の国防への投資の成果がどのようであったかを最認識すべきではないのか。そうは言っても、艦船も航空機も全て海の藻屑になったのだから、認識すべきは投資の成果である人的資産の事である。
 
【追いつきつつあった日本の航空技術】
日本の軍事技術がアメリカに一番接近したのは大東亜戦争最中であった。艦船の軍事技術については、日清日露戦争頃からの努力もあって粗同等。航空機については、エンジンでは3年遅れ、小型機機体設計技術は同等、若しくは日本の方が鼻の先リードと言った処までなっていたのである。それを可能にしたのが莫大な軍事費を使って養成された若きエンジニア達である。養成と言っても投資とは即ち冒険なので、投資の対象であった若きエンジニア達も、難しい技術、誰もやった事がない技術に挑戦したのである。
 
例えば零戦。零戦は初期に空中分解事故を2度起こしている。その事故原因究明をし、それがフラッターによるものであることを突き止めたのが海軍空技廠の松平精である。小型機機体設計で日本がアメリカを上回ることが出来た技術の一つは、彼のフラッターの研究により、限界速度が十数ノット程度の誤差範囲で推定が出来るようになり、より軽量な機体を設計できたからである。零戦の設計者の堀越二郎が軽量化を限界まで追求したおかげである。
 
また堀越二郎は部材の強度の安全率が形状・構造・加重の向きにも関わらず一律だったのを、不合理であると宣言して止めてしまう。それを不安視した海軍は金属疲労の研究を行うようになり、零戦以降、日本では機体その物を水槽に入れて荷重を加える疲労試験を一般的に行っていたが、欧米ではそうではなかった。欧米で日本と同様な試験を行うようになったのは、1953年から1954年のジェット旅客機コメット機の墜落事故からである。この研究を先んじた日本の機体はより軽量に出来たのである。
 
機体にくらべ日本は航空エンジンの大馬力競争に負けていた。でも只遅れていたのでは無い。中川良一の設計による誉エンジン(ハ45)は、アメリカの同クラスのエンジンであるR-2800やR-3350に比べ、直径は小さく、燃費、重量あたりの馬力も勝っていた。遅れていたのは過給気であるが、それを除いてもエンジンが設計通りの性能を発揮出来なかったのは、部品の品質が悪かったことである。それは日本の工業力全般が遅れていたことによるもので、言い換えれば当時の殆どの日本国民の技術的スキルは低く、航空関係のエンジニアが一人気を吐いてた状況だったのである。
 
それでも日本の航空機設計が優秀だった証拠に、アメリカ軍でテストされた日本機は何れも高性能を発揮し、例えば時速596km/hの雷電21型(J2M2)が671km/h、時速610km/hの飛燕2(キ61-Ⅱ改)が680km/h、時速624km/hの疾風(キ84)が687km/h、時速609km/hの彩雲(C6N1)が695km/hと、10~14%ぐらい速度が早くなっているのである。陸軍の双発試作戦闘機キ83に至っては、エンジン不良のため全開試験を行えなえず682km/hが最高であったのが、米軍の燃料を吸っただけで実に762km/hの速度を記録している。これを見ても、日本の航空機が性能を発揮出来なかったのは、殆どの原因がガソリンの質であったと言えるだろう。
 
などと言うと、マニア達は「780km/hも出せるP-51Hムタングにはかなわない」、「F8Fベアキャットに勝てる日本機など有るわけがない」と言うだろう。だがどうだろう。戦後アメリカで海軍局地戦闘機・紫電改(N1K2-J)を試験飛行をした米軍中佐が来日した事があった。彼は「ライトフィールドで紫電改に乗って、米空軍の戦闘機と空戦の演習をやってみた。どの米機も紫電改に勝てなかった」と述懐したのである。戦後と言えばマニア推奨のP-51HもF8Fも実線配備されている。彼が「・どの米機も・」と言っている事は、P-51HもF8Fも模擬戦に参加していると見て良いのではないだろうか。おそらく紫電改は日本独自の自動空戦フラップ(注1)で米機を翻弄したのであろう。だが、紫電改が日本の最強の戦闘機ではない。終戦時に日本の最強の単発戦闘機と言えば艦上戦闘機烈風(A7M2)である。
 
烈風(A7M)は堀越二郎最後の設計となった艦上戦闘機である。軍の要求性能は最高速度639km/h以上、航続距離は空戦30分+巡航463km/hで2.5時間(≒2000km程であるが、巡航速度を零戦並にすれば、航続距離は零戦21型を超える筈である)、加えて空戦性能は零戦(A6M3)型並を要求された。軍の干渉により烈風は全幅14mと巨大な機体になったが、抵抗係数が零戦以下と空力性能は抜群に優秀である(A6M3=.0215、J2M2=0.241、A7M=.0207)。ところが軍指定の誉エンジンが不良のため性能が出ず、1割がた馬力の大きい三菱製MK9A(ハ43-11型)に換装して、ようやく仕様に近い性能が出るようになり、空戦性能も自動空戦フラップを使った場合は零戦を圧倒することができた。
 
と言ってもこの性能は当時の欧米の戦闘機と比べれば必ずしも素晴らしいとはいえないかも知れない。しかしこのMK9A(ハ43-11型)にしても、当時は燃料の質による性能低下があった筈なので、アメリカ製のガソリンを吸わせれば他の日本機と同様、10%程性能アップしたのではないだろうか。そうなれば烈風の速度は700km/h近くなり、空戦になればP-51HやF8Fを圧倒していた筈である。P-51Hが780km/h出るといっても、それは緊急時の出力。スロットル・レバーにあるワイヤーを切断しなければ出せない出力なのだ。
 
以上は日本の航空技術が軍事費を投入して、ようやくここまでなったと言う例である。その他にも戦前の日本では既に後退翼の研究も行われていたし、1950年年代にアメリカで発見された、超音速機は断面積の変化も流線型しなければならないという断面積分布法則(エリアルール)は、空技廠の北野多喜雄によって発見(注2)されていたりと、日本の方が一歩進んでいる事も有った。
 
【軍事予算の成果物(例)】
松平 精 :海軍空技廠でフラッターの研究を行う。戦後、鉄道技術研究所で鉄道車両の脱線事故の多くが共振現象によるものであることを実証した。共振対策が新幹線の安全性の一つとなったのは彼のおかげである。
 
山名 正夫:海軍空技廠で艦上爆撃機の彗星、陸上爆撃機銀河を設計。戦後、東大等で航空工学の講義を行う。
 
土井 武夫:川崎航空機(現川崎重工)で飛燕(キ61)他、多数の機体を設計。戦後YS-11の開発の指導的立場だった。ロッキード事件で潰された対潜哨戒機PXLの開発にも従事。現在のP1は彼の遺産で出来たと言える。
 
中川 良一:中島飛行機で誉エンジンを開発。戦後プリンス自動車→日産。現在もアメリカ等で根強い人気のスカイラインGT、GTR、R380は彼がいたから生まれたのである。
 
糸川 英夫:中島飛行機の戦闘機隼や鍾馗の蝶型フラップは彼が考案したものである。戦後、日本の宇宙開発・ロケット開発の父である。彼がいなければ日本の宇宙開発は・・。
 
内藤 子生:中島飛行機で層流翼を設計。戦後富士重工で戦後初となる純国産ジェット練習機の開発に従事。
 
長谷川龍雄:立川飛行機の高高度戦闘機キ94IIの設計者。戦後トヨタ自動車のパブリカ等の設計主査。彼が立川飛行機で研究した『TH翼』が、戦後アメリカからの特許攻勢から日本の航空研究開発を巣救うことになる。
 
久保 富夫:三菱重工業で100式司偵(キ46)、双発戦闘機キ83を設計。戦後、三菱自動車社長。
 
菊原 静雄:川西航空機(現新明和工業)で二式大型飛行艇、紫電改等を設計。戦後新明和工業で飛行艇PS-1の開発に関与。YS-11の開発に関与。世界に冠たる飛行艇US-1も二式大型飛行艇開発時のアイデアが使われている。
 
【消え行く積み上げた資産】
此処に上げたのは、ほんの一例の人であるが、以上を見てわかるように、膨大な投資(軍事予算)の成果は人的資産だけであった。だがそれが戦後の日本で如何に有用な人的資産であったか。彼等は『やらせば出来る子』どころではなかったのだ。軍がなんの投資をしなかったら、現在の日本は人材もいないショボイ国になっていただろう。
 
でも「膨大な投資して成果は金ではないのか」とか「金でない成果など成果ではない」と言う人もいるかも知れないが、もう一度言おう。「お金と言う物は、誰かが借金をしないと世の中に出て来ないのだ」。と言う事は、投資した成果物をお金で欲しいのなら、もっと投資しなければならないのである。
 
残念ながら日本が次なる投資をして来たとは言いがたい。若し日本政府に航空産業を育成する気が有ったなら、航空産業の分野で日本が露・仏・英・中などの後塵を拝してる事など無かった筈である。それどころか自動車産業がそうだったように、アメリカの牙城を脅かしていたことは必至であろう。
 
そこで安倍政権であるが、安倍政権は国防もやる気が無いが投資をする気もない。安倍のミクスと言いながら、消費増税を引っ込めず、カジノや観光で小銭を稼ごうとしてるのは経済が分っていないのだろう。そんな彼を信じてF-35の購入を喜んでいる人がいるが、F-35を購入することで、僅かな研究費さえ削られ、育つべき人的資産が失われる事を理解しているのだろうか。そして今の日本が戦前の遺産を食い潰して生きていることが不安ではないのだろうか。
  

   
   注1:空戦フラップ原理。 
   
    注2:北野の十字翼を使った断面積効果
 
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許しがたい人間が3(4)人いる。賄賂で国産対潜哨戒機PXLを潰した田中角栄、国産FSXを潰しに暗躍した小沢一郎、トロン潰しの孫正義(棚橋祐治)である。もう一人に安倍晋三が加わらないことを祈る。

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