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「亦、東大かよ」って、云いたくなりますね、実際。 トンデモ節でも言い出さないと、人よりうまいが食えないと思っているのじゃないでしょうか、自分に対する期待度が高過ぎなのでは?
まぁ、東大出って、世の中には星の数ほど居ますからね、それこそピンからL鳩山迄居ます、(嗤)
電力は現代文明の生命線である事は間違いない、と阪神大震災で永い停電時期を過ごした経験でそう実感しました。
電気が無い時代って、そんなに昔の事では無いと思うのですが。是が凄く静かなんですね、太陽が出て居るのに、し~んと静まり返った世間を看て居ると、なんだか大昔に還った様な、不思議な気持ちになったモノでした。
結局、自分が現代文明を何に因って感得して居るのかと言う事に辿りついた、其れは、音と視覚ですね、ヤッパリ。 街を歩いているダケで色んな情報が耳目を通して半端強制的に飛び込んで来るんですから。 復電した時に初めて、「さぁ、始まった」と感じたものでした。
感覚ですが、そういう電気文明だから、電力は自前で120%起こす力が無いとイケナイと思います。
謂わば、自主防衛、食糧自給と並ぶ一番大切な、安全保障だと言えましょうが、前の二つは是まで足りて居なかったが、電力自給だけは出来て居たのですね。
其処を崩されたノに気が着けないで、放射能アレルギィを刺激されて、原発再稼働に否定的になっているダケ、原発が危険で反対すると言うのなら、韓国もシナも止めさせなければ、全く意味は無いのは、別に東大出でなくても判る当然レベルの話だから、其処を外した意見も意味が無い。
況や、電力自給が安全保障に繋がる事に思いを及ぼせないでは、何の為の議論なのかソモ判らないではないか。
電気が要らないと云うのなら、現代文明も要らないと云うチョイスになるのだが・・
賢いと 見せたいばかりに 馬鹿を曝す 東大出
発送電分離ということは送電部分を純粋に受け持つことなんでしょうけども、普段電力会社の活動を見ます時に感じることは、そのほとんどが送電メンテナンスではなかろうかと思う訳です。
たぶん送電設備のメンテナンスほど人員が必要で資金が必要な部分は電力会社にとってないのではと推察します。
たぶん、その部分のみ担当するのは非常に苦労が大きいと思う訳です。
電力会社は自分のところで発電する電力を消費してもらうためにその送電設備に対する責任感は非常に高いと思います。
これを分けてしまうということは、、精神論で言えば責任回避の正当性を拡大することとなります。
発送電分離という考えはつまるところ、電力の安定供給にマイナスだと思います。
>「亦、東大かよ」って、云いたくなりますね
別に、東大出だけ選んでいるわけではないですが、変な事を言っているのを調べると、東大出なんです。国民の税金で養われているのに、日の丸を揚げない大学ですから、精神もおかしいのでしょう。そのせいか分かりませんが、どうも根本を考える力ないですね。
>そのほとんどが送電メンテナンスではなかろうかと思う訳です
進入社員の研修なのか、送電線にずらっとぶら下がって作業しているのを、時々見かけます。こういう事をしながら仕事の重みを学んで行くのだと思います。
発送電分離となると、作るだけで傍の苦労が分からない人間ばかりになります。つまり無責任体質です。
原発事故の時、防護服に身を固めた多くの作業員が鉄塔に上って作業していましたが、発送電分離した後で原発事故が起きたら、送電会社が電線を張ってくれるのですかね。責任のなすり合いになりそうですね。
5月8日のサンケイのコラム欄に、東京大学・大学院教授伊藤元重氏による『中立な電力需給の監視』と題した記事が載っていた。
産経ニュース:
http://sankei.jp.msn.com/politics/news/120508/plc12050803070004-n1.htm
発言の趣旨は、『 現在の地域毎に電力会社が電力を供給するシステムでは、この度の地震と原発事故で、電力を喪失した地域に他の地域から電力を供給することが出来ない問題が露呈された。電力供給は全国規模のネットワークであるべきであり、その為には電力会社から独立した中立的な立場で電力需給を監視する組織が必要だ 』 と思われるが、記事の先頭には、発送電分離の推進を仄めかせている。
発送電分離をすると停電が増えるとの主張があるが、電力需給の信頼を義務つける法整備と共に、電力需給を監視する組織があれば、発送電分離をしても停電は増えないと言いたいようである。
「言いたいようである」と書いたのは、伊藤元重氏の奥歯に挟まったような物の言い様からである。ようするに伊藤元重氏は、日本でも発送電分離にしたいと言いたいのであろう。しかし、この発送電分離、果たして良い事なのであろうか。
発送電分離の話が出たのは、原発事故が起きてからで有った。確かに伊藤元重氏が言うように、日本国民は、原発事故による電力供給不足に直面し、電力供給は全国規模のネットワークが必要であることを痛感したであろう。そして全国規模のネットワークとなれば、監視する組織も必要である事も認識する筈である。
しかしだからと言って、その解決策が発送電分離には結びつかない。電力会社が電力を作り、家庭や工場に責任を持って届けるとの考えは、日本では極普通の考え方である。日本では産地直送の方を信頼しているのである。
一方欧米では、建築の世界でも設計と施工を分離するのが一般的であるように、発電と送電を分離した方が信頼できると考えたのであろう。だがそれは、欧米の文化の人間不信から来ているもので、決して効率が良いものでは無く、それによって安定的な電力供給の信頼性が上がるものでは無い。
この、欧米の人間不信を基準とするシステムと、日本の人間を信頼するシステムの差は、2010/10/30のエントリ『ジャパン・システムが世界標準』の中で、『嘘9000とアンドン』を例として書いた。
又、今後の原発事故のような電力供給不足事態に対処するは、個別地域の電力不足が起きたときでも、電力会社は安定して電力供給を義務付ける法整備をすれば、電力会社同士で話し合って供給を行う筈である。これは、保険会社が大規模な災害が起きても、対応出来るのを見れば分かる筈である。
従って、大規模な災害の可能性から、発送電分離が必要とする解も導き出せない。むしろ、発送電分離は電力会社の体力を弱め、電力供給の信頼性を弱めることになる筈である。
その一つは、相互融通する為には地域間の商用電源周波数の違いを周波数変換によって、その地域用に変換しなければ使えない地域が有るからである。
日本では、東日本と西日本で商用電源周波数が違う。その周波数変換を行う所は3箇所しかない。それを増やすには莫大な費用がかかる。発送電分離したとしても、金がかかる周波数変換所の設置を送電会社がやる訳がない。行うとしたら、未だ体力がある現在の電力会社しかない。
周波数変換所の設置は、災害時を見越したものであるから国が行っても良い。国、電力会社、どちらが周波数変換所の設置を行っても、国民が負担する事になる。それでも電力会社が行えば、国民の負担は多少少なくなるであろう。
では、送電会社は何をするのか。只、儲けるだけである。そんな事より、先ず、原発事故により、電力会社、事故に対する保障や、新たな安全対策を行わなければならないときに、発送電分離の話が出たこと自体異常である。
発送電分離を行うことで電力会社の体力を弱め、安全対策にも電力の安定供給にもなんら関与せず、只儲けるだけの送電会社を作る意味が何処にあるのだろうか。
勘ぐれば、発送電分離の話は、電力会社が原発事故で叩かれる今の機会に乗じて、一儲けしようとする人間達の工作の一環ではないかと思いたくなる。
この発送電分離を推進する団体には、『脱原発世界会議』等の反原発団体も顔を連ねる。まるで、弱った動物の周りに集まるハゲタカやハイエナ達が、さらに弱らそうと突っついているように見える。
この伊藤元重氏、TPPを推進したかと思うとデフレ下での増税を推奨したりする。今度ははっきりとは言わないが、電力の発送電分離である。全て日本を弱体化することばかりではないか。韓国から電力を買えと言った高橋洋氏といい、東大は馬鹿の生産所なのか反日の拠点なのか。
「亦、東大かよ」って、云いたくなりますね、実際。 トンデモ節でも言い出さないと、人よりうまいが食えないと思っているのじゃないでしょうか、自分に対する期待度が高過ぎなのでは?
まぁ、東大出って、世の中には星の数ほど居ますからね、それこそピンからL鳩山迄居ます、(嗤)
電力は現代文明の生命線である事は間違いない、と阪神大震災で永い停電時期を過ごした経験でそう実感しました。
電気が無い時代って、そんなに昔の事では無いと思うのですが。是が凄く静かなんですね、太陽が出て居るのに、し~んと静まり返った世間を看て居ると、なんだか大昔に還った様な、不思議な気持ちになったモノでした。
結局、自分が現代文明を何に因って感得して居るのかと言う事に辿りついた、其れは、音と視覚ですね、ヤッパリ。 街を歩いているダケで色んな情報が耳目を通して半端強制的に飛び込んで来るんですから。 復電した時に初めて、「さぁ、始まった」と感じたものでした。
感覚ですが、そういう電気文明だから、電力は自前で120%起こす力が無いとイケナイと思います。
謂わば、自主防衛、食糧自給と並ぶ一番大切な、安全保障だと言えましょうが、前の二つは是まで足りて居なかったが、電力自給だけは出来て居たのですね。
其処を崩されたノに気が着けないで、放射能アレルギィを刺激されて、原発再稼働に否定的になっているダケ、原発が危険で反対すると言うのなら、韓国もシナも止めさせなければ、全く意味は無いのは、別に東大出でなくても判る当然レベルの話だから、其処を外した意見も意味が無い。
況や、電力自給が安全保障に繋がる事に思いを及ぼせないでは、何の為の議論なのかソモ判らないではないか。
電気が要らないと云うのなら、現代文明も要らないと云うチョイスになるのだが・・
賢いと 見せたいばかりに 馬鹿を曝す 東大出
発送電分離ということは送電部分を純粋に受け持つことなんでしょうけども、普段電力会社の活動を見ます時に感じることは、そのほとんどが送電メンテナンスではなかろうかと思う訳です。
たぶん送電設備のメンテナンスほど人員が必要で資金が必要な部分は電力会社にとってないのではと推察します。
たぶん、その部分のみ担当するのは非常に苦労が大きいと思う訳です。
電力会社は自分のところで発電する電力を消費してもらうためにその送電設備に対する責任感は非常に高いと思います。
これを分けてしまうということは、、精神論で言えば責任回避の正当性を拡大することとなります。
発送電分離という考えはつまるところ、電力の安定供給にマイナスだと思います。
>「亦、東大かよ」って、云いたくなりますね
別に、東大出だけ選んでいるわけではないですが、変な事を言っているのを調べると、東大出なんです。国民の税金で養われているのに、日の丸を揚げない大学ですから、精神もおかしいのでしょう。そのせいか分かりませんが、どうも根本を考える力ないですね。
>そのほとんどが送電メンテナンスではなかろうかと思う訳です
進入社員の研修なのか、送電線にずらっとぶら下がって作業しているのを、時々見かけます。こういう事をしながら仕事の重みを学んで行くのだと思います。
発送電分離となると、作るだけで傍の苦労が分からない人間ばかりになります。つまり無責任体質です。
原発事故の時、防護服に身を固めた多くの作業員が鉄塔に上って作業していましたが、発送電分離した後で原発事故が起きたら、送電会社が電線を張ってくれるのですかね。責任のなすり合いになりそうですね。
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